旅の空

バリ島 2018

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ウブド第2章

火山と地震

2018年7月2日、バリ島東北部にあって古くから聖なる山として崇められるアグン山が、火口から溶岩を噴き上げる、比較的、規模の大きな噴火を起こした。

2017年11月21日、54年ぶりに噴火して以来、アグン山では断続的に噴火が続いていた。噴煙や降灰が航空機の運航に支障となるため、風向きによってングラ・ライ国際空港は幾度か閉鎖され、海外から訪れた大勢の観光客が島に足止めされる事態となった。

半世紀ぶりの大災害を予想する報道に反し、しばらく小康状態が続いたので、このまま終息するかと思われたところへ、7月2日の再噴火によってアグン山の火山活動は継続していることがはっきりした。そして、一連の火山活動によって海外からバリ島を訪れる旅行者数は大幅に落ち込んだと報道されていた。言うまでもなくバリ島の経済は観光業に依存している。バリ島の観光は当分だめだなと、そのときは他人事のように思ったものだ。

そうした中で今度はバリ島の東隣りにあるロンボク島で8月5日、マグニチュード6.9の地震によって、数百人が死亡、大多数の家屋が損壊するという甚大な被害が発生した。普段は地震のないバリ島もこのとき大きな揺れに見舞われ、一部で建物の外壁が崩れるといった小規模の被害があった。

その後も9月にはスラウェシ島で大きな地震があり、12月にはスンダ海峡で火山噴火に伴う山体崩壊によって津波が発生するなど、2018年はインドネシアにとって異常な災厄続きの年であった。

2018年の行先は当初、スリランカやカンボジア、ベトナムあたりを考えていた。しかし、それらの国々で8月は雨季の真っ只中であるらしい。今年は国内にしようと思って一旦は東北地方の宿を予約した。

それなのに、である。それから僕は自分でもどうしてかよくわからないままガルーダ・インドネシア航空の航空券と宿をネットで予約し、結局、2度目のバリ島行きを決めた。航空券も宿も予約が確定したのは出発のほぼ一週間前という無計画さである。おまけに、出発直前でたまたま空きの出た座席を取ったせいで、エコノミークラスにしては割高な金額を払うはめになった。航空券と宿を確保してから、急いで現地の旅行会社に空港・ホテル間の送迎とガイド付きのチャーター車を予約する。3年前も使ったバリチリという旅行会社だ。バリ島には日本人が経営する旅行会社が多くあり、日本語ガイドも大勢いるので、旅行のし易では中近東地域とは雲泥の差がある。ただ、ガイド付きの車を予約したのは一日半だけで、それ以外の日に何をするかは現地で考えることにした。ツアーのように予定した場所を巡るだけではなく、自由気ままな旅もしたいと思っていた。だから宿は、たとえ外出しなくてものんびりできそうな、それでいて手頃な料金のヴィラを選んだ。

3年前にも旅行しているので、8月のインドネシアが乾季であることは知っている。でも、今年の乾季は雨ばかりで異常気象だというネット情報を見ていた。アグン山の噴火が続いていることも、ロンボク島で地震があったことも旅行を決めた時点ではもちろん知っていた。まして前回の旅行ではジャワ島のラウン山噴火と旅行時期が重なり、帰国便が飛ぶかどうかの心配をしたばかりなのだ。これだけ悪条件が揃っていながら、僕を二回目のバリ島へと引き寄せたものは一体何だったのだろう。

雨のバリ

ガルーダ・インドネシア航空881便は8月17日の夕方5時半過ぎにバリ島のングラ・ライ空港に到着した。直行便で約8時間のフライト、日本との時差も1時間だけというのが非常に楽である。8月5日の地震ではこの空港も天井パネルの一部が落下する被害があり、テレビでその映像を見たが、さすがにもう片付けられた後だった。

空港出口で今回世話になるガイドの出迎えを受け、車に乗り込む。宿泊するヴィラがあるウブド地区へは空港から40キロほどの距離があり、道も渋滞するので1時間半はみておく必要がある。途中で両替屋に寄ってくれるよう頼んだ。空港より市中の両替店の方がレートが良く、バリ島では島内のあちこちにある両替店で日本円をインドネシア・ルピアに両替できるので便利だ。

空港からの移動中に不吉な予兆に見舞われた。雨粒が車のフロントガラスを打ちつけてきたのだ。ある程度覚悟をしていたとはいえ、雨粒の大きさが信じられなかった。ガイドに尋ねたら、やはり今年は、乾季に入ったとは思えないくらい雨が多く降っているという。火山が噴火すると大気中に微粒子が大量に放出されるというが、それが気象に影響を与えているのだろうか。駐車場に車を停めて両替店に入るまでの間ですら、傘なしでは車外に出たくないくらいの降り方だった。

今回宿泊するヴィラのあるニュークニンという地区はウブドの南部にある。見覚えのある場所も通ったが、その後はどこを走っているのかさっぱり見当がつかなくなった。

車は街路樹が両側に植えられた細い路地へ入っていく。外灯はほとんどなく、辺りはほぼ真っ暗である。「Loka Pala Villa」と書かれた照明付きの看板の前で車を道路脇に停める。ウブドの夜の暗さは魅力の一つだと思っているのでそれはよいとして、夜、外出先から帰るときにここを見つけられるだろうかと少々不安になった。

通りからロカパラヴィラまではさらにL字状に2回折れ曲がる細い道を進むのだが、バイクでなければ通ることのできない道幅である。ホテルのスタッフが通りまで迎えに来て、荷物を運んでくれるという。しばらくして、お洒落な制服に身を包んだ若いボーイが現れた。15キロ近い重さのある僕のスーツケースを肩に担ぎ上げて颯爽と歩いてゆく。雨は傘をささなくてもよいくらいの小降りになっていた。

夕食がまだだったので、チェックインを済ませてすぐ、ヴィラのレストランに向かうつもりだったが、予約時にメールで聞いていたのと話が違って、夜の営業はしていないという。その代わり、近所にあるワルン(食堂)から出前を取れるというので、定番料理のナシゴレン(インドネシア風チャーハン)のセットメニューとマンゴージュースを注文した。パック入りのマンゴージュースは中国製だった。

ヴィラの部屋は、入口とテラス側の大きなガラス戸を両方とも開ければ吹き放ちになる。天井も相当高いので、あまりの大空間に初めはかえって落ち着かなかった。食事を済ませて一休みしても、なかなか考えがまとまらず、床に敷いたラグマットに放心状態でしばらく座っていた。

ヴィラを取り囲む田んぼには水が張ってある。長い時間をかけて荷解きを終えると、テラスに出て、周囲の植え込みに落ちる雨音と蛙の鳴き声に耳を傾ける。この雨は今夜中に上がって明日はきっと朝から晴れる、自分にそう言い聞かせた。