旅の空

イスタンブールの輝き

6

ファーティフ その3

最終日

今日は帰国の日だ。午後3時前に空港への送迎があるので、近場を歩きまわるだけにした。この6日間、ずっと快晴だったのは有難かった。荷造りをしてチェックアウトを済ませ、スーツケースをフロントで預かってもらい外に出た。ホテル近くの「遺跡公園」へ行ってみる。
遺跡公園:イスタンブール街角に立つローマ時代の石柱:イスタンブール
もとキリスト教会があったらしいこの公園には、柱の一部がそこらじゅうに転がっている。木陰が多く、地元の人たちがベンチに座ってくつろいでいた。ゴマ付きの揚げパンを売る屋台も出ている。
遺跡公園の隣にも遺跡がある。これもローマ時代の教会跡らしい。周囲を柵で囲んでいるため、遠巻きにしか見れないが、こんな風に、思わぬ場所で遺跡に出くわすところがイスタンブールのすごさだ。
ローマ時代の教会跡:イスタンブールローマ時代の教会跡:イスタンブール

ヴァレンス水道橋

日が高くなり、光が写真を撮るのにいい具合になったのを見計らって水道橋へ向かう。圧倒的な重量感である。割と大きめな石を緻密に組み上げている。写真ではわからなかったが、個々の組み石の形が不揃いなので、水道橋の壁面は案外でこぼこしている。それで重量感や迫力を感じるのだと思う。
ヴァレンス水道橋とアタテュルク大通りAqueduct of Valens
ヴァレンス水道橋Aqueduct of Valens
現在は、水道橋の下を大きな道路が通っており、アーチの下を自動車がひっきりなしに通り抜けている。水道橋の外壁が黒ずんでいるのは排気ガスのせいかもしれない。運転を誤って水道橋に衝突する車などないのだろうか。
ヴァレンス水道橋Aqueduct of Valens
水道橋のたもとにあるファーティフ・カフェでチャイを飲む。日差しは強くなっていたが、ここは木陰で涼しい。木漏れ日もテーブルまでは届かない。時折、気持ちの良い風が吹き抜け、木々の葉を揺らす音が聞こえてくる。ゆったりと時間が過ぎた。
ファーティフ・カフェFatih Cafe
昼食は、昨日と同じケバブ屋で、またドネルケバブを注文した。ここのドネルケバブだったら毎日食べられる。

シェフザーデ・ジャーミィ

ずっとお預けにしていたシェフザーデ・ジャーミィを訪ねる。シェフザーデとは王子のこと、ペルシア語のシャーザーデである。毎朝、ホテルを出るときには必ず目にしていながらお参りが遅れた。
シェフザーデ・ジャーミィシェフザーデ・ジャーミィ:庭の木立
ジャーミィの境内は木立が多く、緑が濃い。日当たりと木陰のコントラストが鮮烈だ。芝生もきれいに刈り込まれていて、イスタンブールで見てきたどのモスクよりも庭の管理が行き届いている印象を受けた。まるで幾何学図形を作るように、石畳の通路が広い庭園を分割している。通路の配置にまでこのジャーミィを設計したミマール・スィナンのセンスが感じられるようだった。
シェフザーデ・ジャーミィ:墓シェフザーデ・ジャーミィ:回廊の唐草模様
正面から中に入ると、凝った唐草模様が回廊の壁に幾通りも描いてある。赤と白の石積みが交互に繰り返される軽快なアーチ、重厚な黒いドーム。設計者自身はこのモスクを習作とみなしていたらしいが、同じスィナンが手掛けたスュレイマニエ・ジャーミィなどに比べて荒削りなところがあるにしても、このモスクは、そこかしこから並々ならぬ意欲と瑞々しい感性が伝わってくるし、見る者に威圧感を与えない。イスタンブールにあるモスクで僕が最も美しいと思うのは、このシェフザーデ・ジャーミィだ。
シェフザーデ・ジャーミィ:回廊の唐草模様シェフザーデ・ジャーミィ:回廊
地元の人たちがモスクの中に入っていく。聞いてみたら入っていいと言ってくれた。入口とは反対側に10人以上の人が同じ方向を向いて座っている。テープだと思うが、おそらくコーランの詠唱が、哀切な調べに乗ってドームに響きわたる。体が震えた。入口のすぐ脇で静かに鑑賞させてもらった。
シェフザーデ・ジャーミィ:庭の敷石シェフザーデ・ジャーミィ
庭の奥に廟らしき建物がある。リブ付きのドームはトルコでは珍しいのではないか。管理人らしき人がいたので聞いてみたら、廟の中に入れてくれた。「とても美しいジャーミィですね」と言ったら、「ええ、ミマール・スィナンですから」という答えが返ってきた。
シェフザーデ・ジャーミィ:ドームシェフザーデ・ジャーミィ:僧坊カフェ
ジャーミィの奥には古い僧房を改築したカフェレストランもある。涼しい風が吹いて気持ちの良い場所だった。ここでチャイを飲んで1リラ、帰りがけに近くのスーパーでミネラルウォーターを買ったら、残金はたったの35クルシュ。我ながら見事な計算だった。
ヴァレンス水道橋ヴァレンス水道橋
2時45分、約束どおり、ホテルのロビーに迎えの車が来て空港に向かう。空港へは車で約20分。途中、海側にあるコンスタンティヌスの城壁やテオドシウスの大城壁を見た。またこの町に来るかもしれないと思った。

追記

旅行から2~3年後だったか、益田朋幸氏が書いた『地中海紀行 ビザンティンで行こう!』という本を読んで、イスタンブールには僕が訪れたビザンティン教会の他にも、コンスタンティノス・リプスの修道院やミレレオン修道院なる教会があることをはじめて知った。エッセイとしても旅行記としても大変面白く、旅行前にこの本にめぐり会えなかったことが悔やまれる。