旅の空

イスタンブールの輝き

5

ファーティフ その2~ベヤズット

5日目の朝

昨日書いた絵葉書をスィルケジ郵便局へ出しにいった。行ってみたら、郵便局とは思えないほど歴史ある重厚な建物だった。中はかなり広く薄暗い。大勢の人が順番待ちをしていた。窓口がどこなのかさっぱりわからなかったが、みな入口にある端末から番号札を引いていくので、「MEKTUP POSTASI」という画面上のボタンに触れて整理券を取り待っていると、地元の人が、手紙を出すならこっちに来いと手招きして正面の窓口に連れて行ってくれる。係員に話をつけてくれたようだ。握手してお礼を言った。1枚0.8リラ(80クルシュ)だった。イスタンブールにはスリも悪徳商人もいるが、こんな親切な人もいる。
郵便局で絵葉書を出した後、メトロ(地下鉄)でウルバトゥル・トプカプ駅に向かう。この近辺も城壁がよく残っているらしい。メトロの始発駅であるアクサライに行くには、トラムヴァイのユスフパシャ駅で降りるのが一番近いが、両替をしたかったので、一つ手前のアクサライ駅でトラムを降りる。アクサライには両替屋がたくさんある。
トラムヴァイのアクサライ駅から少し離れたメトロのアクサライ駅へ行く途中で、ロシアのコーヒーや紅茶を飲まないかと英語で声をかけてきた男がいた。この辺りにはロシア人が多くいるとは聞いていたが、イスタンブールでロシアンティーを飲みたいとは思わなかったし、そもそも、どんな場所へ連れて行かれるのかもわからないので却下だった。それにしても、喫茶店まで客引きをするのか。

トプカプ (聖ロマノス門)

メトロのアクサライ駅からウルバトゥル・トプカプ駅までは2駅。地上に出て、比較的きれいな塔や城壁を見ながらトプカプ方面へ進む。惜しかったのは、城壁の外側から写真を撮ろうとすると午前中は逆光になることだ。
テオドシウスの大城壁Theodosian Land Walls
テオドシウスの大城壁Theodosian Land Walls
テオドシウスの大城壁トプカプ(聖ロマノス門)
途中、立派な門につきあたった。ここが本当の「トプカプ」(大砲門)、東ローマ帝国時代の聖ロマノス門である。門をくぐって中から城壁を眺める。雲一つない青空に白い石とレンガのストライプがよく映える。城壁にいくつもある他の門と比べて人通りが多いのは近くに墓地があるからだろう。カフェもあったのでチャイを飲んだ。
城壁を内側から眺めながら駅へ戻る。色褪せ、朽ちかけた石積みが、年月の重みを感じさせた。
テオドシウスの大城壁Theodosian Land Walls
テオドシウスの大城壁Theodosian Land Walls
テオドシウスの大城壁Theodosian Land Walls

ゼイレック・ジャーミィ (パントクラトール修道院付属教会)

11時をまわっていたが、ホテルの方まで戻って、ゼイレック・ジャーミィへ行くことにした。このモスクも元は、パントクラトールという名のビザンティン教会で、ヴァレンス水道橋を金角湾方面に通り抜けた少し先の高台にある。水道橋をはじめて間近で見た。近くで見ると迫力が全然違う。非常に緻密で堅固な石組みだ。
上にゼイレック・ジャーミィがあると思われる坂道の上り口に来た。ジャーミィは下から見えない。道は左右に分かれており、どちらに進んだらよいかわからなかったが、とりあえず、右に行ってみた。ゼイレックと名のついた小道だったので、たぶん間違いないだろう。でも、途中でジャーミィの建物がちらりと見えたものの、回り道して遠ざかっている気がする。誰かに道を聞いた方がいいと思って、ちょうど水を買ったついでに店の人に尋ねたら、店の外まで出て指差して方向を教えてくれた。
ゼイレック小道ゼイレック・ジャーミィ(パントクラトール修道院付属教会)
ジャーミィの前庭は、意外にも、こぎれいな屋外庭園カフェになっていた。きれいに刈った芝生には、石の円柱が何本か立ち、花が植えてある。パラソルのついたテーブルがたくさん置いてあった。ジャーミィ横の元僧房と思われる建物は、レストランに改築されたようだ。しかし、せっかくお洒落に改装したというのに、カフェもレストランも営業している気配が全く感じられない。また、ここは高台にあるので、周囲の眺めが良い。正面にスュレイマニエ・ジャーミィ、左手には金角湾や新市街、ガラタ塔も見える。
ゼイレック・ジャーミィ(パントクラトール修道院付属教会)Pantokrator Monastery
庭の反対側に回ってみる。こちらにジャーミィの入口がある。近所の子供たちが遊んでいた。管理人らしき人が現れ、鍵を開けて中に入れてくれた。中の写真撮影は禁止だという。ここには、カーリエ博物館やフェティエ博物館のようなフレスコ画やモザイクは残っていないようで、天井や壁はほとんど地がむき出しになっており、素っ気なかった。しかし、床下には何か残っているらしい。絨毯をめくり、板をはずして見せてくれた。ビザンティン時代のもので、聖書にてくる人物、サムソンを描いたものだという。フレスコ画だったと思うが、人物は輪郭だけだった。寄付しようと思って財布を出したが、あいにく1リラ硬貨が1枚もなく、5リラ札を渡すしかなかった。ちょっと多すぎた。
ゼイレック・ジャーミィ(パントクラトール修道院付属教会)ゼイレック・ジャーミィの前庭からスュレイマニエ・ジャーミィを望む
それにしても、今まで色々なビザンティン関係の史跡を見てきて感じるのは、トルコ政府自らがビザンティン帝国に光をあて始めているということだ。
ホテルの近くまで戻り、一昨日、夕食を食べた店で遅めの昼食をとる。ポルスィヨン・エト・ドネルは少々のご飯、レタス、トマトの上に削ぎ切りにしたドネル・ケバブがたっぷり乗ってくる。久しぶりにうまいドネルケバブを食べた。東京のトルコ料理店で出すドネル・ケバブよりもはるかにおいしい。

チェンベルリタシュ・ハマム

昼食後は一旦ホテルに戻ってからチェンベルリタシュ・ハマムに行った。ハマムの中でどうふるまったらいいのかわからないので非常に入りづらかったが、せめて一度くらい行かないとイスタンブールに6日間もいる意味がないと思った。
階段を下りる。ハマムは地下にあり、入口でまず料金を払う。ガイドブックでは、ドルとユーロしか使えないような書き方をしているがそれは嘘だ。料金はトルコリラ表示だった。コースは3つくらいあって、一番安いのがセルフサービス、2番目に安いのがアカすり、マッサージ、洗いがセットになって36リラ、米ドルだと24ドルだ。アカすり、マッサージが付くとはいえ、それほど安くもない2番目のコースにした。早い時間なので空いている。待ち時間なしに入れるようだ。
ホールは、道後温泉のような日本の古い温泉館を思わせる木造だった。観光客も多く来るが、このハマムは、スレイマン・モスクなど数多くのモスクを設計したことで知られる建築家ミマール・スィナンの手掛けた歴史的建造物である。まず、2階に行くよう言われた。2階に行くと、世話係がいて個室を案内してくれる。鍵付きになっていて、ここに荷物を置いて着替えをする。これなら貴重品の心配は無用だ。服を全部脱いで、赤いタータンチェックのような腰巻をつける。下りていくと、ドーム状の浴室の中央にある大理石の「へそ石」に寝そべっているよう言われた。外国人もいるが、地元民も来るようだ。
大理石の上に仰向けに寝そべる。大理石は下から温められていて気持ちよい。すぐに汗が吹き出してきた。ドームの天井にはところどころに丸い採光窓が開けられていて、ドームにたちこめる湯気に何本も光の筋ができる。なんともいえない贅沢な気分になった。しかし、寝そべって待つのはいいのだが、肝心のケセジ(アカすり師、マッサージ師、三助)が一向に現れない。だんだん、喉が渇いてつらくなってきた。そろそろ脱水症になりそうだと思ったところへようやく現れたのは、口ひげを生やした中年男性だった。陽気に歌を口ずさむが、なかなか良い声をしている。しかも、ハマムの中は風呂場と同じで響きが良い。まず、アカすりから始まって、次がマッサージだが、マッサージという言葉から想像されるような優しいものではなく、ほとんどプロレスの関節技に近かった。結構痛いので、思わずうめき声を出してしまう。まわりの客は、どうやらその様子を眺めて楽しんでいるらしかった。やっとの思いでマッサージが終わると、今度は洗いだ。体中、せっけんの泡に包まれてなんともいえぬ良い気持ちになったが、それもあっという間に終わり。後は、頭からお湯を2~3回掛けられて上がりである。去年、イズミールのホテルのハマムで受けたサービスよりもはるかに時間が短い気がする。ケセジが、グッド・サービス?と聞いてくるので、良かったと一応答えたら、それじゃあチップをくれときた。そんなこと言われなくとも渡すつもりだったけど、そもそも、チップというのはもらう側が請求するものなのだろうか。着替え終わった後でいいから下で待っているとのこと。外国人客の扱いには慣れている感じだ。
出口の脇で腰巻を替えてもらい、体と頭に大きな赤い布をかぶせられる。個室に戻って体を拭いて、着替え、下に降りようとすると、個室係が小銭をくれと言ってきた。お客からもらうチップで生活しているのだと。1リラ渡した。ロビーに下りて、先ほどのケセジに1ドル渡した。このとき、だいたい、1ドル=1.44リラというレートだったから1リラもらうよりは得だろう。
風呂上りに飲むスクマ・ポルタカル(生絞りオレンジジュース)は最高だった。薄暗くて涼しいハマムから垣間見える往来は白く目映かった。外は午後の日差しが照りつけているようだ。しばらくロビーに腰掛けて、心地良い気怠さに浸った。

グランドバザール (カパルチャルシュ)

ハマムを出た後はグランドバザールをうろつくことにした。前回もここに来たし、取り立てて買いたいものがあるわけでもなかったが、なんといっても今回は時間無制限だ。団体ツアーで来た時には、決められた時間までに集合場所へ戻ってこなければならなかった。前回は、大通りから伸びる無数の脇道は不気味だったが、それに比べれば、今回は宝探しの気分だ。5日間の滞在でかなり地理感覚がついたので、もうどこに行ってもそこからホテルへ帰れる自信はあった。ただ気の向くままにさまよい歩くつもりだったから、地図も持ってこなかった。前回は、無闇に脇道へ入らないようにしたが、今回は、脇道を見ればすかさずそこへ折れて行った。
しかし、あてどなくさまよい歩こうと意気込んだはずが、どういうわけか、中央の大通りに出てしまったり、同じ道に戻ってしまったり、バザールの外に出てしまったりする。迷わないつもりで歩けば迷い、迷うつもりで歩けば迷わないものだろうか。

最後の夕べ

グランドバザールからホテルへはあえてトラムを使わず、歩いて帰ることにした。日差しが強い。途中、ベヤズット公園のカフェでチャイを飲んで、ゆったりする。
夕食は、またスィルケジのロカンタ街に行った。ガイドブックで目星をつけておいた店はどうも入りづらく感じたので、店員の感じも良く入りやすそうな隣の店にした。時間が早いせいか、やはり客はまばらだった。一皿にカルシュク(ミックス)でも4品頼めば一人では割高になる。サラダ、チャイと合わせて10リラだった。とてもおいしかったとはいえ。
スィルケジのロカンタ街トラムヴァイのアクサライ駅
トラムヴァイに乗るのもこれが最後だと思いながらホテルへ帰った。せっかく、土地勘がつき、おいしい店も見つけたというのに明日はもう帰国だ。エアコンの効かないホテルの部屋にもすっかり慣れてしまって、しまいには、それほど暑いとも思わなくなっていた。ホテルの朝食で顔を合わせるDさん夫妻からは、毎日、充実した顔をしていると言われた。もし、イスタンブールを再び訪れる機会があれば、またこのホテルでもいいとさえ思ったほどだ。
イスタンブール市役所周辺