旅の空

バリ島 2018

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バンリ

地震翌朝

起きてすぐ、昨夜の地震による被害がないか中庭を確認した。庭木もバリ風の石灯籠も石像も、倒れたり落ちたりしたものは何もなかった。青空がのぞいている。今日の天気も期待できそうだ。今日はウブドから足を伸ばして、終日、観光をする予定だ。

昨日より鳥の鳴き声が多く聞こえる気がする。熱帯では鳥の種類も鳴き声もなんと多彩なのだろう。

ティルタ・スダマラ寺院  Pura Tirta Sudamala

ティルタ・スダマラは、バリ人の間では沐浴場として有名な寺院だ。ウブドから1時間ほどの距離にあるバンリ県は、ウブドとはまた違った落ち着いた雰囲気のあるところだ。ウブドほど観光地化しておらず、ウブドよりさらに多く緑が残っている。ガジュマルの大樹が何本も立ち並ぶ様が印象的だった。

沐浴場は深い渓谷を流れる川の岸辺にある。参拝客用の駐車場から道を下ると、トゲ状の小さな突起物に覆われたジャックフルーツの一抱えもありそうな実が頭上の木立にあった。特に植えたわけでもなく、こんなに大きな実が道端で自然に生えるというのが熱帯のすごいところだ。

ティルタ・スダマラ寺院 Pura Tirta Sudamala

はるか上の枝から垂れ下がった不思議な赤い花があった。これはバナナの花だという。祭りのとき、ウブドの通りに立てられる竹の飾り、ペンジョールを思わせる。

ティルタ・スダマラ寺院 Pura Tirta Sudamala

渓谷の両岸は切り立った崖になっていて、鬱蒼とした緑に覆われていた。渓谷を流れる川の幅が広くなったところに沐浴場がある。

ティルタ・スダマラ寺院 Pura Tirta Sudamala

沐浴場は、僧侶が祈祷を捧げる屋根掛けの簡易的な社と祭壇、一度に100人くらいは座れそうな広さのコンクリート打ちの斎場から成る。岩壁には打たせ湯のような人工の滝が何本もある。水量は多いが穏やかな川の流れや苔むした岩肌から流れ落ちる幾筋もの水。それらを眺め、そしてその水音に包まれると、たとえ沐浴をしなくても浄化されていくような気になる。

ティルタ・スダマラ寺院 Pura Tirta Sudamala

訪ねた時、三人連れの男性に一組の夫婦と居合わせた。祭壇の方を向いて胡坐をかいて座る一同に僧侶が聖水を振りかけて祈祷が始まる。祈祷の間、彼らはずっと合掌していた。絶え間なく続く水音の中に僧侶が鳴らす高く澄んだ鐘の音が響く。

ティルタ・スダマラ寺院 Pura Tirta Sudamala

祈祷が終わると一同は腰まで川に浸かって下流の方へ歩いてゆく。別の沐浴場が少し離れた場所にもあり、決められた順番があるようだ。川から上がると、あの夫婦だけが滝つぼの中へ入っていった。夫婦は頭や肩や腰など水を受ける場所を変えながら滝に打たれていた。奥さんの方に元気がなく、心の病を患っているというがガイドの見立てだが、果たしてどうだろうか。

ティルタ・スダマラ寺院 Pura Tirta Sudamala
クヘン寺院  Pura Kehen

その昔、バンリ王朝の官寺であったというクヘン寺院を訪ねた。まず、堂々たる門構えに驚かされる。『地球の歩き方』の記事を読む限りではそう大したところには見えなかったが、なかなかどうして立派な寺院である。個人的には今まで2回の旅行で訪ねたバリ島の寺院のベスト3に挙げたい。よく手入れされた植栽にブーゲンリレアの鮮やかな色、背後に茂るヤシの木立が印象に残る。

クヘン寺院 Pura Kehen

ウブドの有名な寺院と比べると参拝客や観光客は少ない。なるほど、ブサキやタマン・アユンのような寺院と比べたら規模は大きいとはいえない。しかし、端正なメル(多重塔)といい、立ち並ぶ葺き屋根の祠といい、石造りの重厚なパドマサナ(蓮座)といい、由緒正しさと格式の高さを感じさせる。まるで神社の御神木のような、ガジュマルの巨樹も見ものだ。

クヘン寺院 Pura Kehen

もう一つ印象深かったのは、寺院の壁面を飾る彫刻の見事さだ。バリ島の寺院はどこも数えきれないくらいの彫刻や石像で埋め尽くされているのだが、彫られたばかりのような新しいものも多いのだ。その点、クヘン寺院の彫刻は古さが感じられて良い。何より、ここほど彫りが細かくて、巧みな造形はそうなかったように思う。

クヘン寺院 Pura Kehen

クヘン寺院には野良犬が何匹か居ついているようだった。そのうちの一匹がこちらの後をつけるように近づいてきた。ここの主よろしく神々専用の門の前に悠然と座る様は、それこそ神の化身でもあるかのようだ。

クヘン寺院 Pura Kehen
ブキッバンリ(バンリの丘)  Bukit Bangli

せっかくバンリに来たので、『地球の歩き方』に出ていたブキッバンリ(バンリの丘)にも行ってみることにした。丘というよりは山の尾根という感じで、本に書いてあるとおり、たしかに良い眺めなのだが、繁茂する樹木によって徐々に眺望が遮られつつある。噴煙を上げるアグン山が見えるかと期待したのだが、この日はあいにくその方角に雲がかかっていて見ることはできなかった。

ブキッバンリ(バンリの丘) Bukit Bangli

苔むして滑りやすい階段を上った先には地元民の古い小さな寺院がある。歩いてきたのはこの寺院の参道だったのだ。

パンリプラン  Penglipuran

バンリ県はウブドと違ってレストランが少ないため、どこで昼食をとるかが問題になる。ティルタ・スダマラ寺院とクヘン寺院、ブキッバンリへ行ってからパンリプランで昼食にする行程は手配会社が考えてくれた。

パンリプランに着くと、ちょうど昼食に頃良い時刻となる。ここには観光客相手のワルン(食堂)が何軒かある。門をくぐると奥に長い敷地である。家の住人である老婆が愛想よく挨拶してくれる。食堂に入るというよりは、普通の民家へ入っていくような感じだ。竹で編んだ壁に掛けてあった神楽面のような面に目が留まる。原始的、呪術的な造形といおうか、この地域の文化はウブドとはまた違うのかもしれない。

パンリプラン Penglipuran

家事をする住人を眺め、様々な物音に耳を傾けながら、料理が出てくるのを待った。小さな子供たちが駆けつけてきては、何やら楽し気な声を上げたと思ったら泣き声が聞こえてきた。それをあやす親の声。

パンリプラン Penglipuran

時折、風が吹いて、軒下に吊るされたバリ島ではおなじみの竹風鈴が心地良い音を立てる。家の誰かが弾いているのか、竹製の木琴のようなリンディックという楽器の音色が聞こえる。

パンリプランはバリ島の伝統家屋が集落ごと保存された村である。日本で例えるなら、宿場町の風情が今なお残る馬籠宿あたりだろうか。通りに面する家々の門構えは、ウブドとはまた違う独特の様式である。パンリプランの伝統家屋で顕著なのは、竹材を多用していることだ。ここでは屋根をも竹で葺いているのである。この村の周囲には鬱蒼たる竹林があり、竹が豊富に採れるからなのだろう。

パンリプラン Penglipuran

伝統家屋を村ごと守っているところだから、昔風のごく質素な暮らしぶりなのかと思いきや、必ずしもそうではなさそうに見えた。この村には外国人のみならず、インドネシア国内からも多くの観光客が訪れるようで、駐車場は盛況、観光客相手の土産物店も多く、家並も立派で、それなりに潤っているように見えた。

パンリプラン Penglipuran

通りには至るところに色鮮やかな花々が植えてあって、それがまた村の印象を明るくしている。日本ではまず見かけることのない不思議な形をした花を見るとつい、足を止めて見入ってしまう。一体、どうやったらこの色と形を思いつくのか、と。

パンリプラン Penglipuranパンリプラン Penglipuran

ゆるやかな丘に造られた村の最上部に寺院がある。その寺院の外壁の一部がまとめてはがれ落ちていた。先日の地震によるものと思われる被害で僕が実際に見たのはそれだけだった。

コーヒーと木彫り

「コピ・ルワク」がまた飲みたくなり、前回来たときとは違う観光農園に案内してもらった。コピ・ルワクとは、コーヒーの実を食すジャコウネコという動物の糞から原料となる種だけを洗い出して作った特別なコーヒーである。

熱帯の樹木が生い茂る渓谷を眼下に望みつつルワク・コーヒーや試飲提供の様々なフレーバー・ティーを飲む。ただ、今回は飲むだけでなく、買うつもりでもいた。普段は決して買うことはないブルー・マウンテンよりも高価であるにもかかわらず、旅行中で気が大きくなっていたか、300グラム入りの豆を2袋も買ってしまった。日本円で約1万6千円である。

観光コーヒー園(バリ島)

その後、木彫りの店に行った。バリ島の木彫りの見事さは特筆に値する。特に小さめのものは、こんな小さな木によくぞこれほどと思うほど彫りが細かい。前もって図面を描くわけでもなく、職人たちの想像力と手だけで神々の像を彫り上げるというから大したものである。

熱帯では色々な木が生えるようで、ワニの体表を思わせるワニの木という風変りなものから、木肌が美しく香りも良い白檀のような高級品まで、木材も多種多様だ。また、同じ神の像を彫るにも工房によって作風が違う。2つの店でウィシュヌの小像を1体にガネーシャの小像を2体も買ってしまった。しめて約8万円、クレジットカードで支払いができるせいで、思わぬ散財をするはめになった。

木彫り店の敷地内にある家寺(バリ島)

前回も来た店であるが、敷地内にある家寺を見せてもらう。さすがに彫刻は売り物以上に見事である。

ニュークニンの夕暮れ  Nyuh Kuning

夕方、まだ明るいうちにニュークニンのヴィラに戻ってきた。夕食に出るまでのひと時を別棟の2階にあるレストランで過ごすのが日課のようになってきた。この時間もレストランには誰もおらず、窓も壁もない四方吹き抜けなので涼しいのだ。夕風に吹かれながら、鳥や虫の鳴き声を聴く。

苗を植えたばかりの田んぼやヤシの木に夕日が当たって橙色に染まる。田植えをしていた農家も仕事を終えて帰っていった。見ると、棒の先に黄色と黒の縞々の吹き流しが付いた旗が複数の田んぼの畦に立っている。おそらく、何か宗教的な意味があるのだろう。

ニュークニン Nyuh Kuningニュークニン Nyuh Kuning

暗くなってから、近所のディー・ワルンという店へ夕食に行った。辛味を抑えたチキンのスープがとても美味しい。聞き覚えのある鳴き声がする。声のする方向を見ると、2匹のヤモリが壁に張り付いていた。