旅の空

インドネシア 2015

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バリ島編 その1

バリ島の朝

クタ地区にあるアディ・ダルマというホテルでバリ島初日の朝を迎える。バリ島に来るのも今回が初めてだ。

昨日、ジョグジャカルタの空港を飛び立って、バリ島のングラ・ライ空港へ着いたのは夜の11時過ぎ。空港を出たところで旅行会社の出迎えの車に乗って、辺りは真っ暗で訳も分からぬまま、このホテルへ連れられてきた。

初日の宿は寝るだけだとわかっていたから、バリ島に星の数ほどもあるホテルの中では料金が安めのアディ・ダルマを選んだ。しかし、意外に良いホテルだった。建物はさほど新しいとは言えず、質素な造りではあったが、部屋の設備や備品に何ら問題はなく、快適に過ごせた。

朝食のレストランへ向かうため、部屋のある2階から中庭に下りると、いかにも南国らしい変わった姿形の花や植物に目を奪われた。リゾートの島に来たことを実感する。ジャワ島からは飛行機で1時間足らずの距離だというのに、まるで違う国に来たようだ。

現地旅行会社のバリ・チリに手配を頼んだガイドと朝8時にホテルのロビーで待ち合わせた。名前はウェダさん、年齢は30代だろうか。バリの伝統衣装に身を包んだ好青年風だ。

バトゥブラン  Batubulan

バリ島の観光で最初に向かったバトゥブランという村は、バリ島独特の石像を製作する工房が集まることで知られ、また、バリの伝統舞踊の一つ、バロンダンスの中心地でもある。バロンダンスとは、日本でいう獅子舞のようなもの。バロンはバリ島で森の聖獣とされ、ライオンの顔をしている。

バリ島でまずこの村へ来たのは、毎日午前9時半から上演されるバロンダンスを観るためだ。バトゥブランは空港方面からウブド方面へ向かう途中の道にあるので、今日行くのがいいと思った。

バリ島内の観光スポットや訪ねる順番をもし自分で決めるのなら、位置とそこへ行くまでのルートを地図で確認しながら考えた方がよい。チャーター車であってもバリ島内の移動は思いのほか時間がかかるのである。

バリ島内は、街中でも郊外でも、昔からある集落を通り抜ける狭い道路が多い。それでいて観光客を乗せた車が多く行き交うので、あちこちで渋滞が発生する。ウブド地区は山がちな地形なので、直線距離ではさほど離れていなくても、観光名所間の道路が直接通じていないこともある。

バロンダンス  Barong Dance

バロンダンスの上演会場に入ると、舞台の左袖に陣取ったガムランの楽団による演奏が始まった。開演前、年配の女性が舞台に花びらを撒いて神に祈りを捧げる。

音楽のテンポが速くなり、曲調が激しくなったところで、森の聖獣バロンの登場だ。

バロンダンス | Barong Dance

バロンが登場し、単独で舞う冒頭が最大の見せ場ではないかと思う。二人の男が前と後ろに分かれ、被り物を身に着けてバロンを演じている。ライオンではないが何か動物の動きを模しているように見える。

前半に、色鮮やかな衣装を着た女性二人が舞台に出てウェルカム・ダンスを踊る。人間業とは思えないような手の動きだ。

ウェルカム・ダンス | Welcome Dance

バロンダンスといっても、約1時間の上演時間中にバロンの踊りがずっと続くわけではない。物語の主題は、善の象徴であるバロンと悪の象徴である魔女ランダとの終わりのない戦いだが、それ以外にも様々な人物が入れ替わり立ち代わり登場する。入場の際に配られた説明資料を事前に読まなかったため、正直なところ、筋書きがさっぱりわからなかった。

バロンダンス | Barong Danceバロンダンス | Barong Dance
バトゥブラン その2  Batubulan

今回、バトゥブランに来た目的がバロンダンスの他にもある。それは、村のもう一つの名物である石像だ。

ガイドブックやインターネットの情報によれば、石像を売る工房の中には、海外への発送を請け負ってくれるところもある。無謀にも僕は、今回、一人で動かせるが、持ち帰るこはのできない大きさの石像を買って日本へ送るつもりでいたのである。

バトゥブランは、大通りに面して石像を売る店が連なる。ガネーシャを始めとする異形の神々の像が数百も数千も立ち並ぶ様は壮観である。石像を買うつもりがなくても通りをそぞろ歩くだけでも楽しい。

バトゥブラン | Batubulan

題材は同じでも、像の作風は工房や職人によって個性が出るようだ。2軒目に入った店で、陳列してあった膝ぐらいの高さがある石像の値段と重さを尋ねたところ、重さは約10キロ、値段は日本円で大体8千円だという。思ったほど高くないし、その重さなら一人で動かせそうだ。海外への発送も可能だというので、手続きや料金を訊いたところで、そう簡単にはいかないことを知った。

まず、店から送ることができるのは日本の保税地域まで、つまり僕の場合は東京港か名古屋港である。荷物が港へ届いたら税関へ出向いて申告手続きをし、そこから自宅までの輸送は別に手配する必要がある。通関手続きと発送を代行してくれる会社があるとは思うが、そういう下調べを全くしてこなかった。しかも、発送料金はカートン(函)単位で決められており、1カートンに商品をに一つだけ入れても目一杯詰めても変わらず約3万円だという。よほどたくさん買い込むか、買った石像を売りさばくのでもない限り、商品の値段と発送料金が釣り合わないのだ。石像の発送はあきらめた。代わりに、スーツケースに入れて持ち帰ることのできる手のひらサイズの石像を土産用を含めて9個も買ってしまった。9体買えば全部で1万円にまけてやるという店主の言葉に釣られた。合掌したりガムランの楽器を持っていたりする小さなカエルの石像だ。

バリ島のバトゥブランで買った小さなカエルの石像

ちなみに、バリ島の寺院やホテルでよく見る、人の背丈ほどもあるような石像を運ぶときには4人がかりだという。

ジャティルウィ棚田  Jatiluwih Rice Terraces

昼食は、有名な棚田のあるジャティルウィでとることにしていた。世界遺産にもなっている棚田までの道路は予想外に狭く、路面も荒れていた。バトゥブランでの石像ショッピングに時間をかけ過ぎたせいもあるが、到着は予定よりかなり遅くなった。曇っているのと、標高が高いせいで少し肌寒く感じる。

ジャティルウィ棚田 | Jatiluwih Rice Terraces

棚田を見下ろすレストランで昼食を済ませた後、周辺を少し散策した。まるで、薄い板を何十枚も重ねたかのように、見渡す限りの斜面に水田の段が整然と刻み込まれている。田んぼに茅葺き屋根の風景は一見、日本を思い起こさせるが、水田の間に椰子の木が立っているところが南国らしい。

ジャティルウィ棚田 | Jatiluwih Rice Terraces

熱帯に位置するインドネシアでは米を年に3回収穫できるという。この時期は乾季なので、ほとんどの田んぼは稲の刈取り後だったが、よく見ると、所々に水を張った田んぼがある。刈取りが終わった田んぼと苗を植えたばかりの田んぼが混在する光景は不思議だ。

ジャティルウィ棚田 | Jatiluwih Rice Terraces

残念ながら、この日の空は朝から雲にすっかり覆われていて、棚田の緑色が映えない。それに、ガイドのウェダさんによれば、棚田の風景を見るなら、乾期よりも稲が青々と育った雨季の方がよいという。日本に帰ってからウェダさんに雨季の時の写真を送ってもらった。

ジャティルウィ棚田 | Jatiluwih Rice Terraces

所々に小さな祠が建っているのに気が付いた。どれも丁重に祀られている。バリ島でこれから毎日、至るところで目にすることになるものだ。

ジャティルウィ棚田 | Jatiluwih Rice Terraces
タマン・アユン寺院  Pura Taman Ayun

山間部に位置するジャティルウィ棚田から下りて次に向かったのは、17世紀に建てられたタマン・アユンという寺院である。バリ島で二番目に大きい寺院だという。

ジャワ島とバリ島ではまるで違う国のように感じたと上に書いた。これから、バリ島で様々な寺院や集落を見ていくにつれ、その感はますます強くなってゆくのである。そもそも、イスラム教徒が約9割を占めるインドネシアにあって、住民の約9割が独特のヒンズー教を信奉するバリ島が例外なのだ。

タマン・アユン寺院 | Pura Taman Ayunタマン・アユン寺院 | Pura Taman Ayun

タマン・アユン寺院の聖域は長方形をしており、濠に囲まれている。たとえバリ島のヒンズー教徒であっても、礼拝目的で、しかも正装をしていない限り、この中に入ることはできないという。濠の外側には胸の高さくらいの壁を巡らせており、壁の外側に遊歩道があるので、観光客でも中の様子を遠巻きに眺めることはできる。

タマン・アユン寺院 | Pura Taman Ayun

訪ねた時、ちょうど中で祈祷が行われていた。白い服を着て横一列に並んで座った男女が、目の前に手を差し出して、手にササラのようなものを持った女性から何かを振りかけられている。

それにしても、手の込んだ石の彫刻には目を見張るばかりだ。

タマン・アユン寺院 | Pura Taman Ayun

バリ島の玄関口から比較的近く、世界遺産にも登録されている寺院とあって、国内外から大勢の観光客がここを訪れる。インドからの団体客もいた。彼らの目に、バリ島のヒンズー寺院がどのように映るのか聞いてみたいと思った。

タマン・アユン寺院 | Pura Taman Ayun

境内に建つ茅葺屋根の多重塔のことをバリ島ではメルという。タマン・アユンには最も高いもので11層のメルが合わせて10基もあり、そのことがこの寺院の格を示している。

アグン・ラカ・リゾート&ヴィラ 1  Agung Raka Resort & Villa

バリ島の2日目からは、ウブドにあるアグン・ラカ・リゾート&ヴィラというホテルに3連泊した。このホテルには、一般的なホテル棟とバリの伝統建築で造られたヴィラの2種類から部屋を選べるのだが、料金が2陪以上するヴィラを奮発した。宿にいる時間もウブドの雰囲気に浸っていたいと思った。

アグン・ラカ・リゾート&ヴィラ | Agung Raka Resort & Villaアグン・ラカ・リゾート&ヴィラ | Agung Raka Resort & Villa

ヴィラは2階建てで、1階には「バレ・ブゴン」という四方吹き抜けの居間がある。要は、ゴロゴロ寝転がってのんびりする場所である。このヴィラに決めた一番の理由がバレ・ブゴンが気に入ったからだ。

アグン・ラカ・リゾート&ヴィラ | Agung Raka Resort & Villaアグン・ラカ・リゾート&ヴィラ | Agung Raka Resort & Villa

2階に上がると、観音開きの扉の前にはポーチともいえる空間があり、木製の長椅子とクッションが置いてある。このポーチの居心地がまた良かったのである。

夕方、外から帰ってきて、荷物を部屋に置くと、まずここで一息入れる。夕方になると風が2階を通り抜けるのでここが一番涼しいのだ。朝には、ふとした合間にここに腰かけて、周りの熱帯植物を眺め、鳥の鳴き声に耳を傾けた。

この小さな空間が、何気ないひと時をとても印象深いものにしてくれた。