旅の空

インドネシア 2015

7

バリ島編 その4

アグン・ラカ・リゾート&ヴィラ 3  Agung Raka Resort & Villa

前の晩に早寝すると、翌朝はそれ以上に早く目が覚めてしまう。

身支度をゆっくり済ませても、朝食まで時間はまだたっぷりある。

カメラを引っ提げて、敷地内の散策に出る。むしろ、それが目的だった。

アグン・ラカ・リゾート&ヴィラ | Agung Raka Resort & Villa

レストランとは逆方向へ道を折れてみる。その先に、見たことのない花が咲いていた。

アグン・ラカ・リゾート&ヴィラ | Agung Raka Resort & Villa

ちょうど陽が昇り始める前。花の色も夢から醒めたばかりのよう。

アグン・ラカ・リゾート&ヴィラ | Agung Raka Resort & Villa

椰子の葉が揺れている。葉の上で動き回る小さなものの正体は、鳥かと思いきや、リスであった。

耳を澄ますと、実に多くの鳥の鳴き声が辺りに響いている。

中でも、けたたましいくらいの大きな声の持ち主が近くにいる。一体、どんな姿をしているのか気になって鳴き声のする方向を目で追ったが、見つけられなかった。

デウィ・コーヒー園  Dewi Coffee Farm

インドネシアは知る人ぞ知る世界有数のコーヒー産出国である。マンデリンやトラジャといった高級銘柄は有名だ。

ここバリ島でもコーヒー栽培が盛んで、見学やコーヒーの試飲ができる農園があるというので、立ち寄ってみることにした。

訪ねたのは、現地手配会社バリ・チリのウェブサイトで知った"Dewi"というコーヒー園。駐車場から一歩足を踏み入れるとそこはジャングルのようだった。

デウィ・コーヒー園 | Dewi Coffee Farm

挽き立ての豆で淹れるドリップコーヒーを毎朝欠かさないコーヒー好きだが、木になっている状態のコーヒーの実を見るのは初めてだ。

これも知る人ぞ知るだが、普段、コーヒー豆と呼んでいるものは、コーヒーの実に入っている種だけを焙煎したものだ。果肉は取り除いて捨ててしまう。

デウィ・コーヒー園 | Dewi Coffee Farm

さらに知る人ぞ知るだが、インドネシアには、コピ・ルワクという極めて希少性の高いコーヒーがある。

コーヒーの実を食すルワク(ジャコウネコ)という動物がいるのだが、コーヒーの実を食べたルワクが糞をすると、未消化の種が一緒に排出される。ジャコウネコの糞に出てきたその種を洗浄したものがコピ・ルワクである。

ジャコウネコの胃と腸が、一粒の種をプレミアムコーヒーへと醸造するのだ。

デウィ・コーヒー園 | Dewi Coffee Farm

案内係に聞いたところでは、木の実を食べるからといって、ジャコウネコは決しておとなしい性格ではないらしい。鋭い歯を持っていて、噛みつかれると危険なのだそうな。

デウィ・コーヒー園 | Dewi Coffee Farm

園内ではコーヒーの他にもカカオやバニラ、マンゴーなど様々な熱帯の果実を育てていた。

何やら怪しげな花も咲いている。何という強烈な存在感だろうか。

デウィ・コーヒー園 | Dewi Coffee Farm

コーヒー園の奥は山の下り斜面になっており、熱帯植物が鬱蒼と茂った森や谷間を見下ろすことのできる東屋風の休憩所がある。ここで名物のルワク・コーヒーをいただくことにした。

優雅な香りとまろやかな口当たりだ。

デウィ・コーヒー園 | Dewi Coffee Farm

ルワク・コーヒーはカップ1杯で日本円にして500円ほど。しかし、この値段が安いかどうかは、あくまで、ミネラル・ウォーターの500ml入りペットボトルが約50円というインドネシアの物価水準で考える必要がある。

カップ一杯ならまだしも、豆を一袋となるとさすがにためらってしまう。

デウィ・コーヒー園 | Dewi Coffee Farm

他にも様々な銘柄のコーヒーやフレーバー・ティーの試飲をさせてもらったが、その中でレモングラスティーが気に入って土産用に買い求めた。

素晴らしい眺めと希少なコーヒーで過ごす至福のひと時であった。

ウルンダヌ・バトゥール寺院  Pura Ulundanu Batur

コーヒー園を出た後、山道をさらに上ってキンタマーニ高原を目指す。昼食の前に、ウルンダヌ・バトゥールという寺院を訪ねた。

ウルンダヌ・バトゥール寺院 | Pura Ulundanu Batur

ウルンダヌ・バトゥール寺院は、バトゥール山とカルデラ湖のバトゥール湖とを見下ろす外輪山の尾根上にある。バトゥール湖の守護女神を祀った寺院であり、かつては、バトゥール湖畔に建っていたが、1917年と1926年の2度に及ぶバトゥール山の噴火をきっかけに、村が今の場所に移転し、寺院も再建された。

ウルンダヌ・バトゥール寺院 | Pura Ulundanu Batur

再建とはいえ、バリ島でも非常に古い建築様式を伝える寺院であると聞く。

驚いたのが石像である。他の寺院で見てきたものと比べると、ウルンダヌ・バトゥールの石像は、まるで粗彫りだけで済ませてしまったかのようなシンプルさなのだ。

ウルンダヌ・バトゥール寺院 | Pura Ulundanu Batur

どうやら、初期のものは、後代のように細部まで手の込んだ彫りはしていなかったらしい。キュービズムのような造形がむしろ面白い。

ウルンダヌ・バトゥール寺院 | Pura Ulundanu Batur

標高千五百メートルの空気はどこまでも澄んで、空の青がバリ島とは思えないほど濃い。日差しが燦々と降り注ぎ、地面に濃い陰を落とす。

ウルンダヌ・バトゥール寺院 | Pura Ulundanu Batur

寺院の外に出たら、物売りが寄って来た。小学校低学年ぐらいの女の子だ。絵葉書を買ってくれという。ビニール袋で1枚づつ包装して冊子状に綴じた10枚のセットである。

その子は、さっき寺院に入る前にも声を掛けてきて、その時は相手にしなかったのだが、僕が出てくるところを見逃さなかったようだ。

バリ島に来て物売りに会うのは初めてだった。しかも、こんな小さな子が。

可愛らしい子だったし、無下にあしらうのは忍びない気がした。絵葉書のセットを見せてもらったが、欲しいと思ったのはその中の2枚だけ。

残念だけど10枚セットだから2枚だけ買うわけにはいかないね? そう伝えればあきらめるかと思ったが、一瞬、考える素振りを見せたものの、女の子はその2枚を素早く引きちぎって僕に差しだした。もう買わないわけにはいかなくなった。

代金を払うと女の子は、笑顔でありがとうと言って離れて行った。たいした金額でもないのだし、どうせ買うならセットのまま買ってやればよかったと後悔した。

キンタマーニ高原  Kintamani Plateau

昼食で入ったのは、ウルンダヌ・バトゥール寺院からほど近いロッジ風の大きなレストランだ。幸い、テラス席にまだ空きがあった。高原のひんやりとした空気に包まれる。

キンタマーニ高原 | Kintamani Plateau

眼前にバトゥール山と湖の展望が開けている。まさに絶景である。

キンタマーニ高原 | Kintamani Plateau

それにしても、これが熱帯の島の風景なのだろうか。午前中に訪ねたコーヒー園はここからさほど離れていないが、植生は、同じ島とは思えないほどかけ離れている。

キンタマーニ高原 | Kintamani Plateau

ブサキ寺院へ移動する途中に見晴らしの良い場所があったので車を停めた。

湖畔には温泉の湧く村があり、日帰り入浴施設やホテルもある。一方で、そんな高原リゾートの対岸には、現代も風葬の習慣が続く古い村があるのだ。

それを思うと、バトゥールの美しい湖もどこか翳りを帯びて見えた。

ブサキ寺院  Pura Besakih

ブサキ寺院は、バリ島で聖なる山とされるアグン山の中腹に建つ。キンタマーニ高原からは13キロほど南にある。

キンタマーニ高原にいる間は晴れていた空も今や一面に雲がかかっている。

ブサキ寺院 | Pura Besakih

バリ・ヒンズーの総本山とあって、祭典のない日も正装した地元民が引きも切らず参拝に訪れる。

ブサキ寺院 | Pura Besakih

ブサキは30以上もの寺院で構成される複合寺院だという。様々なメル(塔)が建ち並ぶ眺めは荘厳だが、写真を撮るアングルがここほど難しいところはなかった。

ブサキ寺院 | Pura Besakih
ウブドの夜に想う

この日の夕食は、ウブドの老舗、カフェ・ワヤンで。バリの伝統家屋や庭園の雰囲気が素晴らしいこのレストランは、昼にも来たいところだ。

アグン・ラカまで送ってもらって、3日間お世話になったウェダさんとお別れした。人当たりが良くて親切なガイドだった。今日も、写真を撮るのに夢中だった僕がキンタマーニ高原で地面のコンクリート片に気づかずにサンダル履きの足を少し切った時、ウェダさんはすぐに絆創膏や消毒液を調達してくれた。

アグン・ラカに帰ってからの過ごし方は昨夜と同じだ。四方吹き抜けの居間、バレ・ブゴンでクッションにもたれて本を読み、読み疲れたらそのまま上半身だけ仰向けになる。

夜闇に包まれたバレ・ブゴンで天井を見上げてただ寝そべっていると、つい余計なことまで考える。

どこへ行くにも何をするにも自由で気ままな一人旅がいいとずっと思っていた。でも、今、誰か話し相手がいたら、もっとゆったりと楽しい時間が過ごせたんじゃないか。僕は本当に遺跡が見たくて旅を続けてきたんだろうか…

あいにく、旅の感傷に浸ってばかりはいられなかった。

インドネシアに来る前の7月10日のことだが、ジャワ島のラウン山が噴火し、噴煙と火山灰の影響でバリ島のングラ・ライ空港が閉鎖されるという非常事態が起きた。空港閉鎖は翌日に解除されたが、その間、数千人の観光客が空港で足止めを食ったのである。

一時は旅行に行けなくなるのではないかと危惧したが、その後、ラウン山の火山活動は小康状態を保った。

ところが、僕がバリ島に到着した翌日の7月22日に再び噴火し、空港がまた一時閉鎖されたのだ。

コテージでホテルの無料Wi-Fiに接続し、ガルーダ・インドネシア航空のウェブサイトで運航状況を確認する。

今のところ異常はないようだが、明日のことまではわからない。もし、また噴火が起きれば、帰国便が飛ばないかもしれない…帰国前日になって不安が急に現実味を帯びてきた。