旅の空

イランの旅 2009

5

アルダシールの城

シーラーズの朝

出発まで時間があるので、ホテルの周囲を散策してみる。懐かしさよりも、5年前もこんなだったろうかという戸惑いが先に来た。人通りも思ったより少なくて、何か街全体に覇気がないような気がする。デモを力ずくで抑えられて意気消沈してしまったのだろうか。あるいは、これもやはりラマダンのせいなのか。
シーラーズの街並みシーラーズ:キャリム・ハーン城塞

南へ

今日は、シーラーズから150kmほど南にあるササン朝の都市遺跡、フィールーザーバード(フィルザバード)に向かう。
フィールーザーバードが建設されたのはビーシャープールよりも古く、ササン朝最初の首都が置かれたところでもある。
途中で、小さな川にかかる橋を渡る。ふと見れば、車が行きかう現代の橋に並行して、朽ち果てた古代の橋 がかかっていた。あわてて、車を道路脇に止めてもらう。ササン朝時代に造られた橋だという。かつては、あの上に街道が通っていた。
まるで、奇異なものでも見るように僕を一瞥して、車1台と2人乗りのバイク1台が通り過ぎた。
シーラーズ近郊:ササン朝時代の橋The Sassanide Bridge in a suburb of Shiraz

フィールーザーバードへの道

シーラーズからフィールーザーバードへの道中もまた、思わず目を見張る風景の連続だった。
気の遠くなるような永い年月をかけて絶えず大地を圧し上げてきた力がすさまじい形となって表れている。
巨大な岩山を突き抜け、切り立った断崖の下を縫うように、ひたすら車を走らせる。
シーラーズからフィルザバードへ向かう途中の風景The landscape on the way  from Shiraz to Firuzabad

断崖の砦

フィールーザーバードに近づくと、しばらくの間、道は両側を断崖に挟まれた川に沿って続く。
ふと、断崖の天辺に建つ石積みの古い建造物が目に入った。ドフタル城砦である。
駐車場に車を停め、城砦を目指して歩く。かなり急な上りである。城砦への道は昔も今も一つだけだ。乗馬したままで果たしてこの道を上れただろうかと考えた。いくら君主といえど、ここを上るときは馬を降りて歩いたのではないか。そう思うほど、道は狭くて急だ。
ドフタル城砦へ上る道からの風景The Gate of Qal'e-ye Dokhtar
真夏のイラン旅行は3度目になる。さすがにもう慣れたとはいえ、40度近いか越えようかという炎天下の急登である。休まずにはいられない。ペットボトルの水を一気に半分近く飲み干した。こんな状況でも、ガイドのスィヤーヴァシーは、ラマダン実行中なので水さえも一切口にしない。熱射病になったりしないかこっちが心配になる。
20分程度登ってようやく城門にたどり着いた。

ドフタル城砦  Qal'e Dokhtar

ササン朝ペルシアを建国したアルダシール1世が、アルサケス朝パルティアの一諸侯であった時代に根城としていたのが、このドフタル城砦である。「乙女の城」という名には、「侵すべからざるもの」といった意味が込められている。
ドフタル城砦Qal'e Dokhtar: The Castle of Daughter
狭い入口をくぐり、さらに傾斜路を上ってようやく城内に出る構造となっている。
本丸とでもいうべき建物が一段高い場所に建っている。ドームの内部一面には足場が組まれており、考古当局による修復作業が行われていた。
ガレ・ドフタルのドームQal'e Dokhtar: The Castle of Daughter
ササン朝ペルシアの建造物には、小さく粗く切った石をモルタルで積む手法が採られ、国が滅んだ後は当然、維持補修などされなかったので崩壊が進んだ。しかし、近年になって、修復が進みつつあるようだ。
ドフタル城砦The view from Qal'e Dokhtar (The Castle of Daughter)
見張台に立って眼下の景色を眺めてみる。この城塞は、街道を一望のもとに見渡せる断崖の頂上に建っている。もし、一人でもそこを歩く者があれば、確実に感づかれてしまっただろうと思う。
ドフタル城砦Qal'e Dokhtar (The Castle of Daughter)