旅の空

イランの旅 2010

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庭園ホテルと砂漠

ヤズドの朝

充分に睡眠をとったはずのに、寝足りなさを感じながら起床した。朝の7時、ようやく陽が上り始めたころだ。
レストランへ朝食に行こうとして、ドアを開けた途端に思わず目を丸くした。昨夜、着いたときには暗くてわからなかったが、まるで、ヤズド旧市街を再現したテーマパークにいるようだった。ヤズドの古い建物でよく見かけるバードギール(採風塔)まである。
ガーデン・モシール・ホテル:ヤズドHotel-e Bagh-e Morhir-al-Mamalek
しかし、予想外の寒さに面食らった。日中と朝晩の気温差が大きいのが砂漠地帯の気候である。6年前、ヤズドに来た時も、日中はバスの外気温計で43度になったが、日が落ちると途端に過ごしやすくなった。しかし、今は、涼しいを通り越して寒い。前回来たのは8月上旬だったが、1ヶ月違うだけで、こうも変わるものか。
ホテルの広いレストランは、時間が早すぎて人もまばらだった。起きたときから、気分や体調が思わしくないのを感じていたが、朝食を済ませ、部屋に戻った後も、頭がすっきりせず、体もだるくて、とても観光に出られる状態ではなさそうな気がした。悩んだ末、ガイドに電話して、出発の時間を正午に遅らせた。
移動疲れと時差ボケと予想外の寒さがこたえたかもしれない。旅行中にこれほど調子が悪くなったことは今までになかった。午前の3時間がまるまるつぶれてしまった。予定していた行先を全部見て回るのは無理だと思ったが、細かいことは後で考えることにして眠った。

ガーデン・モシール・ホテル  Hotel Bagh-e Moshir-al-Mamalek

3時間ほど眠っただろうか、11時過ぎに起きると、朝方の変調が嘘のように気分も体調も良くなっていた。
外の風景も一変していた。日は高く上がって、雲一つない青空から、強烈な日差しが降り注いでいる。薄暗かった朝方に比べて、あらゆるものがくっきりと色鮮やかに見える。気温もすっかり夏のイランらしくなっていたが、朝の寒さに比べれば、むしろ快適だ。
ガーデン・モシール・ホテル:ヤズドHotel Garden Moshir, Yazd
このホテルそのものが、立派な観光名所といってよかった。庭園ホテルという名のとおり、建物の総床面積より数倍は広いと思われる中庭は、大小様々な木や花であふれている。強烈な日差しを遮ってくれる木陰の下には、昼寝にちょうどよさそうな木製の座台もある。庭の端から端まで続く細長い水路が涼感を誘う。
ガーデン・モシール・ホテル:ヤズドHotel Garden Moshir, Yazd
Hotel-e Bagh-e Moshir-al-Mamalek, Yazdガーデン・モシール・ホテルの中庭
伝統建築を生かした建物も素晴らしい。ステンドグラスの採光窓が、レンガとタイルの壁に、赤、青、緑の光を投げかけていた。
ここに来るまでは、旧市街へ歩いて行くには遠すぎるのを不満に思っていたが、そんな些細なことは一遍に吹き飛んでしまった。
ガーデン・モシール・ホテルのレストランHotel Garden Moshir, Yazd

シルクロード・ホテルにて  At Silk Road Hotel

昼食に案内されたのは、旧市街のジャーメ・モスクにほど近いシルクロード・ホテルだ。各国から訪れるバックパッカー御用達の宿である。6年前に来たときも、このホテルの案内表示だけは目にしていた。
大通りから細い路地に入ったところで車を止める。ジャーメ・モスクのドームとミナレットが見えた途端、それまで低調に推移していた旅行気分のメーターが一気に目盛一杯まで跳ね上がった。両側を土色の高い壁で挟まれた細い路地を進む。このまま、旧市街散策に出かけたいくらいだった。
ヤズド旧市街にてジャーメ・モスクを望むThe Old City of Yazd
シルクロード・ホテルもまた、ヤズドの伝統家屋を改装したホテルで、中庭でレストランも営業している。日本語を話す従業員がいて驚いた。料理が出てくるのを待つ間、彼に案内してもらって、ホテルの屋上に上る。
旧市街の眺めが素晴らしかった。セイイェド・ロクナッディン神学校(兼修道院、兼天文観測所、兼図書館)の青い美しいドームを間近に、その向こうに建つジャーメ・モスクが並んで見える。反対側に目をやれば、土色の家並がどこまでも広がっている。単に古い街並みが保存されているというだけでなくて、電信柱が立っていたり、洗濯物が干してあったりと、今なお生活が営まれているのが良い。
シルクロードホテル:ヤズドシルクロード・ホテルの屋上からの眺め
食事を終えて寛いでいると、不意に、日本語が耳に入った。驚いて声のする方向を向くと、20代の若い女性である。さきほど、僕を屋上に案内してくれた日本語のできる従業員と話をしているのだ。向こうもこちらに気付いて、しばらく話をした。
彼女は、勤めていた会社をやめて、一人、シルクロード放浪の旅をしているのだという。イランへはトルクメニスタンから入国したと事もなげに言う。不安な思いをしたり、怖い目に遭ったりしなかったのだろうか。
シルクロード・ホテルの屋上からの眺めThe view from the rooftop of Hotel Silkroad, Yazd

モシール庭園の午後

予定外に時間をかけた昼食の後、午後の休憩ということで、またホテルに戻ってきた。午前中に充分休んだので、もう休憩は必要なかったが、ホテルの庭でのんびりするのも悪くないと思った。
ガーデン・モシール・ホテル:ヤズドガーデン・モシール・ホテルの看板オウム
影がますます濃くなっている。一方で、陽当たりは光を反射して白く目映いばかりだった。部屋に荷物を置いて、昼寝の場所を探す。ちょうど木陰の座台があったので、さっそく寝転がった。気温は40度近いか、もしかしたら40度を超えているかもしれない。でも、湿気がほとんどないせいで、数字ほどには暑さを感じないのである。それに、日陰に入れば断然、涼しくなる。
Hotel Garden Moshir, YazdHotel-e Bagh-e Moshir-al-Mamalek
涼しい木陰で、頭上の梢にやってくる小鳥のさえずりを聞きながらうたた寝するのは、最高に気持ち良かった。ここでは、朝から夕方まで、鳥の鳴き声が途絶えることはない。鳥たちにとってもオアシスなのだ。
ガーデン・モシール・ホテルの中庭ガーデン・モシール・ホテルの中庭に咲くバラ
ヤズド滞在中、昼食後には一旦、ホテルへ戻って2時間程、休憩をとるようにしていた。このホテルの庭で過ごした午後のひと時もまた、忘れられない貴重な思い出だ。
Hotel Garden Moshir, YazdHotel-e Bagh-e Moshir-al-Mamalek

砂漠へ

ガイドには予め、砂漠を見たいとリクエストしてあった。夕方、またホテルへ迎えに来てもらい、郊外へ出かける。
イランを「砂漠の国」と思っている人はきっと多いに違いない。それが「不毛の荒野」という意味であれば、たしかに、広大な国土の大半を占めるかもしれない。しかし、それらは大抵、表面が固い土や小石の土沙漠で、サハラやタクラマカンを想像するような砂沙漠ではないのである。キャヴィール砂漠とルート砂漠との間に位置するヤズドでさえ、砂沙漠を見るには郊外へ車を1時間も走らせなければならない。
ヤズド郊外の砂漠:ラクダ乗り場ヤズド郊外の砂漠に沈む夕日
イラン人にとっても砂丘は珍しいと見えて、見物客が意外と多くいた。客乗せのラクダまでいる。
砂丘が夕日に赤く染まる光景を期待したのだが、ホテルを出発する時間が少々遅かったようで、到着していくらも経たないうちに日が沈んでしまった。
日が落ちた後も、少しの間、空は明るかった。砂丘の砂は、昼間の炎熱をもはやすっかり失って、素足にひんやりと心地良かった。
ヤズド郊外の砂漠:砂丘The desert dune in a suburb of Yazd
ガーデン・モシール・ホテルの夜