旅の空

イランの旅 2010

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ダマーヴァンド・ドライブ

テヘラン小旅行

テヘランの街 テヘランで迎える朝もこれで4度目だ。帰国便は今日の夜10時だし、ヤズド・テヘラン間にはもちろん昼間のフライトもある。ヤズドでもう一泊粘ることもできたのだが、前日のうちにテヘランへ戻ってきたのには訳がある。
一つは、イランでは飛行機の遅延が、しかも1時間や2時間の遅れはザラなので、帰国当日に国内便で移動するのはそれなりに危険があること。現に、昨日もヤズド発テヘラン行の便は2時間遅れた。昨日のうちに移動しておいて正解だったという思いを強くしたところだ。
もう一つ大きな理由は、テヘラン近郊で小旅行をしたかったからだ。テヘランの約70km北東に位置し、富士山によく似た山として知られるイランの最高峰ダマーヴァンド山を一度拝んでみたいと以前から思っていた。それで、ダマーヴァンド山麓にほど近い「ラール国立公園」まで足を延ばすことにした。
僕としては、上高地や尾瀬へハイキングに行く感覚だったのだが、イランではどうやら事はそう簡単でないらしい。後でマジドさんから聞いて初めて知ったのだが、国立公園へ入場するには当局の許可が要るのだ。許可証をもらうこと自体はさほど難しくないが、申請すればすぐに発行してくれるものでもないらしい。
マジドさんに車で迎えに来てもらって9時前にホテルを出る。テヘランの朝も随分肌寒くなっている。季節は確実に移ろっていた。

ダマーヴァンド・ドライブ   Damavand Drive

テヘランTehran
新しくできた高速道路を通って郊外へと車を走らせる。中心からかなり外れた場所にも次々と高層住宅が建っている。テヘランの街は膨張し続けているようだ。街を抜けると道は次第に標高を上げてゆき、やがて山岳路へと変わった。雲一つない青空に禿山の土色がよく映える。これこそイランの色合いだと思う。
テヘランからダマーヴァンドへの道On the way from Tehran to Damavand
しばらく進むと別荘地帯に出た。ここにはまだ夏休みの空気が残っている。
テヘランからダマーヴァンドへの道sar-e rah-e Damavand
山間の道を走ること1時間余り、頂に雪を被せたダマーヴァンドが不意に姿を見せた。まさに霊峰と呼ぶにふさわしい山容だ。この山が神話の舞台になったのも頷ける。
テヘランからダマーヴァンドへの道On the way from Tehran to Damavand
ラール国立公園への登山口はちょっとした高原リゾートだった。「砂漠の国」にこんな風光明媚な場所があるなんて誰が想像できよう。
ダマーヴァンド西山麓の村The village at the foot
of Mt. Damavand

天上の楽園、ラール国立公園  Park-e Melli-ye Lar

登山口でマジドさんの車を降りてタクシーに乗り換える。特に理由は聞かなかったけれども、上の道が未舗装路なため、自分の車が傷むのを心配したのかもしれない。タクシーは、最近、街中で数が減ったような気がする国産車ペイカーンで、運転手はあごひげまで白くなった初老の男性だった。この運転手が非常に温厚で誠実な人柄だったのを今でもよく覚えている。車窓風景を写そうとして僕がカメラを構えると、その度にアクセルを緩めてくれるので、かえってこっちが恐縮してしまったほどだ。
ラール国立公園登山口の村The village at the foot
of Mt. Damavand 山道を10分ほど上ると風景が一変した。背丈の低い草が地表を覆う高原台地が広がっている。不毛の地ではないにしても肥沃な土地には見えない。草原の先に連なる山肌はなだらかで、まるで、それが土でできているのではないような薄いベージュ色をしている。空はどこまでも青く澄み、空気は清冽である。自分が今いる風景が信じられなかった。どこか現実離れしているというか、この世のものとは思えない色彩感だ。
ラール国立公園Lar National Park
そこからさらに20分ほどで公園ゲートに着く。普段、入口のゲートは閉まっていて、脇にある公園管理事務所で許可証を見せれば入場できるようになっている。マジドさんが手続きをしている間、車を降りて辺りの景色を眺めていた。振り返ると、5,610mの標高を誇るイランの最高峰ダマーヴァンドが正面にそびえていた。ちょうど、静岡県裾野市の水ヶ塚公園あたりから富士山を眺めるようだった。
ダマーヴァンド山Lar National Park
いよいよゲートの先へと車を進める。未舗装路ということもあってスピードは出せないのだが、いっそのこと車を降りて歩きたいくらいだった。所々にミツバチの巣箱が置いてある。許可を得ているということなのだが、入場制限するほどの自然公園内で養蜂というのも、こんな標高の高い場所で蜜が集まるというのも不思議な気がした。
ラール国立公園:放牧の羊たちLar National Park
しばらく進むと今度は羊の大群に出くわした。車を停めて羊たちが道路を渡りきるのを待つ。千載一遇のシャッターチャンスである。毛が茶色か黒、灰色の羊ばかりで白いものはわずかしかいない。聞いたところでは、この公園内で特別な許可を得て放牧を行っているのは、どういう経緯か、テヘランから数十キロ南にあるヴァラーミーン(Varamin)という町の羊飼いだという。
ラール国立公園Mt. Damavand
できれば一日ここにいたかったが、広大な公園の奥まで行く時間はない。途中で車を停めて引き返す。ラール国立公園はまさに天上の楽園とでもいうべき場所だった。

エマーム・ホメイニーの霊廟  Aramgah-e Emam Khomeyni

エマーム・ホメイニーの霊廟 空港へ向かう途中でレイの町にあるエマーム・ホメイニーの霊廟へ立ち寄った。イラン・イスラム革命の立役者であるホメイニー師の墓があるところだ。イラン全土から人が集まるだけあって、駐車場は広大である。テントを張っている一団もちらほらと見受けられる。廟の建物もとにかく巨大なのだが、なにぶん新しいのとコンクリート造りということもあって、写真に写しいものは特にない。
中へ入るにも空港並みのセキュリティ・チェックがある。廟の内部は撮影禁止で、カメラは入口で預けなればならない。しかし、カメラ付き携帯電話の持ち込みはOKだった。緑色の布で覆われたホメイニー師の棺の写真が僕の携帯電話のメモリーに残っている。

帰途

エマーム・ホメイニー霊廟を出て間もなく、空港へ向かう途中のことだった。空港へ向かう片側4車線の道路が急に渋滞し始めたかと思ったら、全く動かなくなってしまったのだ。街中ならともかく、郊外の道でこんな渋滞にはまったのは初めてだった。しかも、見えない先で何が起きているのか、渋滞の原因が何なのかさっぱりわからない。そのうち、我々の後ろにいる車が次々と方向転換して反対車線へ割り込んだり、脇道へそれたりし始めた。軽いパニック状態が起きているように見えた。出発までまだ相当時間はあるものの不安に駆られる。マジドさんが他の運転手に事情を尋ねても、みな何が起きているのか知らないようだった。マジドさんは、広い墓地の中を通る道へと迂回して渋滞区間を回避した。それから後、空港まで道路は順調に流れたが、あの渋滞の原因はわからずじまいだった。「これがイラン」というマジドさんの言葉が印象に残る。
予期せぬ渋滞に遭ったが、空港へは充分余裕をもって到着することができた。マジドさんにお礼を言って別れ、チェックインと出国手続きを済ませてロビーで待つ。しかし、今度は午後10時45分発のエミレーツ航空までもがまさかの遅延である。搭乗が始まったのは出発予定時刻を1時間以上も過ぎてからだった。ドバイでの乗継時間は3時間しかない。関空行きの便に間に合うのか一時はやきもきさせられた。
イランの食べ物は大体口に合うので、向こうにいる間、日本食が恋しくなったことはない。でも、関西国際空港経由で帰ってくるときはいつも、なぜか無性にラーメンが食べたくなる。

《 イラン2010 完 》