旅の空

イスタンブールの輝き

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スルタンアフメット~テオドシウスの大城壁

カレンデルハーネ・ジャーミィ

朝、ホテルの近くにある小さなモスクを見に行く。現在はカレンデルハーネ・ジャーミィというモスクだが、元ビザンティン教会だったのは間違いない。昨日、ホテルの周辺を歩いていたとき、一目でそれとわかるドームが見えたのでびっくりした。そもそも、こんなビザンティン教会があることさえ知らなかった。
カレンデルハーネ・ジャーミィカレンデルハーネ・ジャーミィ
近づいてみると、建物の周囲はかなり荒れていたが、建物自体は保存状態が良い。レンガ造りの小ぢんまりとした美しい教会だ。背後には、水道橋の一部と思しき残骸が建っている。ローマの建造物が現代の住宅と同居する不思議な空間だった。
カレンデルハーネ・ジャーミィカレンデルハーネ・ジャーミィ裏手にある水道橋の一部と思しき遺跡

アヤイリニ教会 (聖エイレーネ教会)

トラムヴァイに乗って、昨日と同じようにスルタンアフメット駅で降りる。アヤソフィア横のソウク・チェシュメ小道を通ってトプカプ宮殿入口へ。この小道から眺めるアヤソフィアが一番迫力があると思う。
ソウク・チェシュメ小道アヤソフィア界隈の道
すぐ脇を通り抜けていながら、前回は全く気づかなかったアヤイリニ教会が見えてきた。ここも元ビザンティン教会である。これだけ大きくて特徴ある建物なのに前回はどうして気付かなかったのだろう。
アヤイリニ教会(聖エイレーネ教会)アヤイリニ教会(聖エイレーネ教会)

国立考古学博物館と古代東方博物館

トプカプ宮殿に入る門の手前で左に折れ、国立考古学博物館と古代東方博物館へ向かう。博物館入口へと通じる下り坂に早くも遺物が並んでいた。トルコを旅していると、こうした遺物が何でもない場所にさりげなく置かれている光景をあちこちで目にするので、遺物1つ1つのありがたみがだんだん薄れてゆく。
博物館外に並んでいた遺物フェニキア人の石棺
建物に入る前にも、素人目には屋内で陳列する価値が充分ありそうな遺物が建物の軒先にずらりと並んでいて呆気にとられる。石柱や石像などを並べた庭園カフェまである。建物の外からしてこんな具合なので、館内の展示物は、質量ともに予想をはるかに越えていた。違う文明ごとに部屋が分かれており、ゆっくり見ていったら一日では足りそうもない。
「アレクサンドロス大王の」棺アケメネス朝ペルシア軍とギリシア軍の戦闘;棺のレリーフ
ビザンティン関係の展示物ももちろんあるが、特に目を引くのは、フェニキア人の石棺や以前はアレクサンドロス大王のものと考えられた棺だ。特に、「アレクサンドロスの棺」は、かなりの大物でありながら、全面、信じ難いほど丁寧で細かな彫刻で埋め尽くされていて、見ていると気が遠くなりそうだ。棺の側面にはアケメネス朝ペルシア軍とギリシア軍との戦闘を描写した躍動感あふれるレリーフが施されている。それは、ペルシアとの戦争が被葬者の生涯でどれほど重大な出来事だったかを物語る。これがアレクサンドロスのものでないなら、こんな豪華な棺に葬られる人物とは一体誰だろうか。
嘆きの女神ギリシア彫刻
広い館内を2時間くらい歩き回って疲れたので、遺跡庭園カフェで休憩する。木陰で遺物の柱に囲まれながら飲むチャイもオツだった。
石柱などの展示遺跡庭園カフェ

絶景レストラン

博物館を出てトプカプ宮殿内のレストラン・コンヤルに向かう。ここは、去年、団体ツアーで昼食をとった場所だ。レストランに入るためだけに宮殿の入場料10リラを払う。今回は、ハレムや宝物殿には目もくれず、レストランへ直行する。第四庭園を抜けてテラスに出ると、ボスポラス海峡やアジア側の眺めが開け、2回目でも思わず感嘆の声をあげてしまう。
トプカプ宮殿トプカプ宮殿テラス
早めの時間だったせいか、レストランは空いていて、幸い、海側の席をとることができた。別行動だが同じツアー参加者のDさん夫妻と居合わせる。
ボスポラス海峡の眺めレストラン・コンヤル
眼下にボスポラス海峡とアジア側を見下ろす眺めはまさに絶景。しかし、食事の方は、スープ、ケバブ、ジュース、食後のチャイを頼んだら合計46リラになってしまった。レストランに入るために払った宮殿の入場料を合わせると、物価が安いはずのこのトルコで5,000円近い衝撃の出費である。この金額は眺望料込みだと自分に言い聞かせた。

イスタンブール下町風景

昼食後は、国鉄スィルケジ駅まで歩き、そこから近郊列車に乗ってイェディクレに向かう。駅に行ったらちょうど出発間近の電車があった。客車にエアコンはついていないようで暑い。扉は自動で開閉するが、閉まった後に手で開けられるらしい。扉のそばに立っていた子供たちがこじ開けたので、一部の扉が開いたまま、列車はかなりの速度で走った。何かに掴まっていないと転倒しそうなくらい揺れる。線路沿いには古い質素な家々がひしめき合い、洗濯物を干している女性が見えたりする。イスタンブール庶民の暮らしぶりが窺えて面白い。
途中の駅で物売りのおじさんたちが電車に乗り込んできた。携帯小型扇風機にヨーヨーなど、電車の中で一体こんなものを買う人がいるのかと思ったが、案の定、誰も何も買わず、行商人たちは次の駅で降りていった。
日本と違って、駅到着や次の駅を案内する車内放送などは一切なく、駅名を書いた標識すらホームにない。ただ、駅舎の壁にペンキで駅名が書いてあるだけだ。次は幾つ目の駅を通過するのか注意しながら、通り過ぎさまに駅名を読む。そんな風に何駅か通過して、イェディクレ駅に降り立った。

イェディクレ

イェディクレの巨大な塔は駅からも見え、近かったので迷う心配は全くなかった。外に張り出した丸い塔の重量感がすごい。
入場料の5リラを払って中に入ると、城壁に囲まれた広い空間に出た。城壁だけで10mくらいの高さがある。城壁をみると、ビザンティン様式とオスマン様式の折衷である。東ローマ帝国が造った要塞にオスマン帝国が手を加えたものらしい。コンサート会場としても利用しているようで、仮設の野外ステージが組んであった。
イェディクレイェディクレ
城壁の上に上ってみると、胸壁の間から、内陸方向へ一直線に伸びているテオドシウスの大城壁が見えて感動である。海側に目をやれば、こちらにもところどころ崩れた大城壁が海まで続いている。ここは海の城壁と陸の城壁とがぶつかる角の部分にあたる。
沖合いには、たくさんの大型船が停泊していた。通過の順番待ちだろう。ボスポラス海峡は最も狭いところで幅600mしかない。おまけに、両岸をフェリーが頻繁に行き交う。大型船にとっては神経を使う海域に違いない。
テオドシウスの大城壁;イエディクレから陸側を望むテオドシウスの大城壁;イェディクレから海側を望む
城壁のてっぺんから内部に入れる塔があった。中はがらんどうで、鉄製の螺旋階段が宙にせり出している。オスマントルコ時代、このイェディクレは牢獄として利用されたこともあるという。底まで10m以上はあるだろうか。深い縦穴の宙空に浮かんでいるようだった。螺旋階段には必要最小限の手すりとステップしかなく、上り降りするとはるか下の底が常に視界に入る。ここまで来る人は少ない。落ちたら誰も気づいてはくれまい。高所のスリルもあったが、暗い底の方を見ていると、何だか心も冷え冷えとした。
イェディクレイェディクレ

テオドシウスの大城壁

イェディクレを出て、大城壁に向かって歩を早める。はやる心を抑えきれない。車1台通るのがやっとの狭い門を抜けて通りまで出ると、色あせ、朽ちかけた石積みが見えてきた。本を読んで、いつか自分の目で直接見てみたいと思っていたテオドシウスの大城壁が、今、まさに目の前にある。かなり崩れてはいるが、本当に三重の城壁であったことがわかる。今はすっかり埋められて畑になっているが、城壁の前にはかつては広々とした濠があった。城壁に沿って歩く。
テオドシウスの大城壁Theodosian Land Walls
城壁のすぐ外を交通量の多い道路が城壁に沿って走っており、広い歩道もある。所々バス停があり、ドルムシュ(ミニバス)も頻繁に走っている。某ガイドブックには、城壁界隈の治安は良くないと書いてあった。こちらに来て聞いた話では、夜間、このあたりには強盗が出るという話なので、それもあながち嘘ではないが、昼間にずっと歩道を歩いている限りは、人目もあり、それほど心配はないという印象だ。
テオドシウスの大城壁Theodosian Land Walls
600年前、箇所によっては1500年以上前の建造物なので、朽ち果てたものも多いが、かつて城壁の間に無数にあった塔も想像以上によく残っていて驚いた。現代になって修復された区間もあり、しばらく歩くと、新しい城壁が見えてくる。石積みの間に薄い赤レンガの層を挟む独特の色彩が美しい。
かつて多くの民族がこの街を征服しようとした。しかし、延々と6キロも続くこの大城壁を前にして少なからず戦意をそがれたのではないか。東ローマ帝国が曲がりなりにも千年間続いたのはこの難攻不落の城壁があったからだ。
テオドシウスの大城壁Theodosian Land Walls
最初は、城壁に沿ってある程度歩いたらイェディクレ駅まで引き返し、行きと同じ国鉄に乗って帰るつもりが、歩いていくにつれもっと先まで行きたくなり、引き返せなくなった。振り返ってみれば、今まで見てきた塔や城壁が遠くまで連なって、さっきまでとはまた違う眺めになる。結局、中間地点より少し先、トラムヴァイ(路面電車)が走っている通りまで歩いてしまった。トラムヴァイが見えたときには正直、ホッとした。なんだが、頭がくらくらして、体もだるくなってきた。炎天下、3キロ超の徒歩は少々無茶だったかもしれない。
テオドシウスの大城壁Theodosian Land Walls

2日目終了

最寄のパザルテッケ駅からトラムヴァイに乗り、ホテルに帰った。1.5リットルのミネラルウォーターを買い、持ってきたポカリスエットの粉末を入れ、流し込むようにして飲む。ホテルのベッドで2時間ほど横になって休んだら体調が回復した。熱射病の一歩手前でなんとか踏みとどまったようだ。トルコの夏には蒸し暑さがある。個人的には、2004年に訪れたイランの夏よりもつらいという印象を持っている。
夕食は、スルタンアフメットのピザ屋で。カルシュク・ピデ(トルコ風ミックス・ピザ)がおいしい。帰りにトルコの音楽CDと、ホテルの近くにあるスーパーでリゼ産の紅茶のティーバッグを買う。リゼというのは黒海沿岸にあるトルコの茶どころである。リゼの紅茶は飲みやすくてかなりいけると思う。トラムヴァイを降りたときに見た夕焼けがきれいだった。
トラムヴァイのアクサライ駅近辺