旅の空

イスタンブールの輝き

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エミノニュ~新市街

スュレイマニエ・ジャーミィ(スレイマン・モスク)

カレンデルハーネ・ジャーミィの脇を通る小道を進むと、かつてはヴァレンス水道橋の続きであったと思われる遺構につきあたる。車一台通るのがやっとな幅のアーチを抜け、道なりに進めば、スュレイマニエ・ジャーミィ(スレイマン・モスク)に出る。今日は、徒歩でエミノニュまで歩き、そこからさらに、ガラタ橋を渡って新市街へ行くつもりだ。自分の中では今日が旅のハイライトだ。
スュレイマニエ・ジャーミィ(スレイマン・モスク)スュレイマニエ・ジャーミィ(スレイマン・モスク)
ほどなくして、前方に山のように巨大なドームが現れた。スュレイマニエ・ジャーミィだ。正面から見るよりも裏から見た方が圧倒的に高く感じられる。懐かしい場所に出た。昨年は、朝食後のわずかな空き時間を利用してスィルケジのホテルから歩いてここへ来たが、道に迷って予想以上に時間を食ったため、着いた途端に引き返すはめになった。
スュレイマニエ・ジャーミィ(スレイマン・モスク)スュレイマニエ・ジャーミィの庭からボスポラス海峡を望む
このモスクは、ブルー・モスクほど観光客が多くない。来るのは欧米人のツアー客ばかりのようだ。薄暗いドームの中で天井を見上げる。外見も中も凛としたジャーミィだ。庭に出て一周してみた。このジャーミィは周辺に付属施設がたくさんある、というよりは、周辺の建物や道までもがジャーミィの一部に見える。庭で素晴らしく眺めの良い場所を見つけた。このジャーミィは、金角湾を見下ろす高台に建っているので、ガラタ橋や金角湾、新市街が見渡せる。ジャーミィの中だけ見て帰ってしまうのでは、この場所を見つけられない。
スュレイマニエ・ジャーミィの庭から金角湾と新市街を望むスュレイマニエ・ジャーミィの庭

リュステムパシャ・ジャーミィ

ジャーミィの参道沿いにあるカフェでスクマ・ポルタカル(オレンジジュース)を飲む。濃縮還元などではない。その場でオレンジから絞り出す正真正銘の100%生ジュースである。美味しいし、街角の屋台でも大抵メニューにあるので、イスタンブールにいる間はしょっちゅう飲んでいた。
金角湾方面へ坂道を下る。この道も懐かしい。去年は、このあたりで道に迷いそうになった。集合時間に間に合うか気が気でなく、早足でホテルへ戻ったことを覚えている。入り組んだ道だが、地図は見なかった。今回は、道に迷っても、少しぐらい時間がかかっても全然構わなかったから。
港へ下る石畳の小道ムスル・チャルシュ裏通り
適当に歩いてるうちに、ムスル・チャルシュ(エジプシャン・バザール)の裏通りに出た。通りは、様々な種類の店が建ち並び、大勢の地元客で賑わっている。
リュステムパシャ・ジャーミィの入口はちょっとわかりにくい場所にある。階段を上って2階に行くような感じだ。内部の壁一面が青い見事なイズニックタイルで覆われている。小さいけれど、個性的な美しいモスクだ。訪れる人も少なく、通りの賑わいが嘘のような静けさだ。ブルー・モスクという名は、スルタンアフメット・ジャーミィよりも、むしろ、タイルの青に包みこまれるようなこのモスクの方がふさわしいと思う。出口でここのタイルを絵柄にした葉書セットとしおりを買った。
リュステムパシャ・ジャーミィリュステムパシャ・ジャーミィ
リュステムパシャ・ジャーミィリュステムパシャ・ジャーミィ
エジプシャン・バザール裏通りの賑わいムスル・チャルシュ裏通り

イェニ・ジャーミィ

エミノニュ広場に出る。広場の一角に建つイェニ・ジャーミィはエミノニュのランドマークだ。門の階段で、たくさんのハトが迎えてくれる。地味な外観とは裏腹にドーム内部はカラフルだった。
イェニ・ジャーミィイェニ・ジャーミィのドーム

絶景レストランその2

早めの昼食をとることにした。お目当てのレストランがある。そこも去年のツアーで来たところだ。テラス席からの眺めが素晴らしく、絶対にまた行こうと決めていた。早めに来たので、店内はまだ空いていたが、海側のテラス席はもう予約が半分くらい入っていた。テラス席に座ると、眼下にはエミノニュ広場が見渡せる。
エミノニュ広場イェニ・ジャーミィ
リュステムパシャ・ジャーミィボスポラス海峡を行き交うフェリー
金角湾もボスポラス海峡も、ここからはまるで大きな川のように見える。湾にかかるガラタ橋、対岸の新市街、ガラタ塔、右を見ればイェニ・ジャーミィ、海峡を挟んだ向こうの対岸はアジアだ。イスタンブールがどれほど稀有な地形を持った都市であるか実感させてくれる場所だ。広場を行き交う人波や海峡を忙しく行き来する船をぼんやり眺めて過ごした。

エミノニュ散策

昼食後は、ガラタ橋を渡って新市街へ。エミノニュは、桟橋や大きなバスターミナルがあり、旧市街では最も人が集まる場所だ。休日なので、家族連れも多かった。快晴の空の下、ガラタ橋を歩くのはとても気持ちがいい。橋では大勢の人が釣り糸を垂れている。釣竿を何本か掛け持ちする人もいる。途中で振り返れば、高台のスュレイマニエ・ジャーミィと下のリュステム・パシャ・ジャーミィ、桟橋を行き交うフェリーがとても絵になる眺めだ。
エミノニュ桟橋エミノニュ桟橋と対岸のガラタ塔
ガラタ橋から旧市街の眺め新市街の船着場

ガラタ塔

新市街は旧市街と町の様子が少し違う。あまりトルコらしさがないというか、ヨーロッパの街並みのようだ。思ったより急な上り坂になっていて、近づくにつれ、目印にしてきた当のガラタ塔が見えなくなる。急坂なのと、まわりの建物が高いせいだ。まさに灯台下暗しである。
イスタンブール新市街イスタンブール新市街
坂を上りきって気づいたら、塔の真下に来ていた。エレベーターと階段を上って展望テラスへ上がる。イスタンブール随一の絶景だった。360度のパノラマで旧市街も新市街も見渡せる。アヤソフィアやスルタンアフメット・ジャーミィ、トプカプ宮殿、その向こうのマルマラ海までもが一望のもとだ。
ガラタ塔から旧市街の眺めガラタ塔から新市街の眺め
桟橋を行き交う人のなんと多いことか。エミノニュの人波もここからはアリの群れのように見える。そのとき、湾を航行していたフェリーが何隻か同時に反時計回りで進み始めた。航跡が湾に白い円を描く。降り注ぐ陽光を浴びて海面はきらきらと光り輝いている。まるで、この奇跡の街を祝福するかのようだった。

イスティクラール通りからタクスィム広場へ

塔を降り、イスティクラール通りへ向かう途中、ガラタ・メヴラーナ博物館へ寄った。セマー(旋舞)の公演をするホールがあるほかは、展示物が少々あるだけだ。明日20日の夜8時から旋舞の公演があるらしかった。見たいところだが、夜になってここまで来るのは気がひけた。
イスティクラール通りにもトラムヴァイが走っているはずだが、今日は歩行者天国になっていた。通りには、ロクムやドンドゥルマを売る店がある他は、ほとんどトルコらしさが感じられない。見たところ、歩いているのはほとんど地元民ばかりで、外国人はそれほど多く見かけなかった。途中、歩き疲れて入ったカフェで飲んだレモネードがおいしかった。
イスティクラール通りタクスィム広場
混み合う通りを抜けると、急に空間が開けた。タクスィム広場だ。円形の広場を囲むようにして高いビルが建っている。期待はしていなかったが、解放感のある場所だ。トラムヴァイが走っていないので、タクスィム広場からの帰り道はまた徒歩である。これは、けっこうな運動になる。途中で、顔じゅうにヒゲをたくわえ、黒い帽子を被り、黒服に身を包んだ男性3人を見かけた。ギリシャ正教の神父だろうか。
イスティクラール通りイスタンブール新市街

災難と夕焼け

今日もホテルに一旦帰って部屋で休憩する。夕食はホテル近くのケバブ屋で食べることにした。ピタという薄いナンのようなパンにチキン・ケバブを挟んだもの。食欲があまりなかったが、それでも結構おいしかった。
7時ごろ、またトラムに乗り込んだ。エミノニュの対岸、カラキョイを散策するつもりだった。車内は割と空いていた。扉のすぐ横に立っていると、途中、男が二人、その扉から乗り込んできた。混んでいるわけではないのに、1人がこっちへ体を近づけてくる。おかしいと思った。しかも、もう1人は僕の後ろに、ちょうど車両後部の乗客の視線を遮るようにして立っている。2人が何か話した。用心して少し離れた位置に移動すると、2人は僕を追い越して一つ前の扉に移動し、次のエミノニュ駅で降りたが、降りたと思ったら駅の出口とは反対方向にとって返し、あろうことか、また僕が立っている扉から乗り込んできた。もう間違いなかった。狙われているのはこの僕なのだ。一昨日の件以来、スリには警戒していた。バッグのファスナー部分を手でしっかり抑えていたのでスリはできなかったと思うが、本当のところ彼らが何をしようとしているのかわからない。とにかく、どうにかして彼らを撒かなければ…。とっさに、彼らと同じ手口を使おうと思い立った。
まず、また近寄ってきた彼らから離れ、今度はこちらがひとつ前の扉付近に移動し、彼らの様子を窺う。次の駅に着いたら、トラムを降りて一旦、出口に向かって歩きかけ、途中で引き返して車両後部に向かった。もし彼らが車内に残っていたら、単なる思い過ごしだったと考えよう。折しも、そこはちょうど下車する予定のカラキョイ駅だった。だが、予想したとおりに二人もトラムを降りてこちらへ歩いて来る。彼らとすれ違い、最後尾まで行って扉が閉まる寸前に再びトラムに乗り込んだ。走り出した列車の中から彼らがたしかに駅で下りたことを見届け、カラキョイの次の駅、トプハーネで降りた。しかし、ショックでもう散策どころの気分ではない。今日はもうホテルに帰ろう。そう思って反対方面行きのトラムに乗ったが、車窓から夕焼けを見た途端、写真を撮りたいという思いに駆られ、つい、エミノニュでトラムを降りてしまった。あんなことがあった後だというのに我ながら呆れる思いだった。
エミノニュで地下道の雑踏を抜けるとき、背後に人の気配がし、舌打ちか苛立ちの声が聞こえたような気がした。ふとショルダーバッグを見ると、また、この前と同じポケットのファスナーが開いていた。一昨日の未遂事件以来、財布は違う場所に入れており、そこに大事なものは一切入っていなかった。しかし、泣きっ面に蜂とはこのことだ。しかも、同じ場所で二度狙われるとは、この僕がよほど隙だらけなのか。
こうなるともうやけくそだった。ガラタ橋へ向かう。この時間も大勢の釣り人がいる。空は夕日で赤く染まり、海面にはきらきらと光る帯ができていた。カモメが空を飛び交っている。美しい夕焼けだった。
エミノニュ夕景エミノニュ夕景
エミノニュ夕景エミノニュ夕景
帰りはエミノニュ駅を避け、一つ先のスィルケジ駅まで歩いてトラムに乗った。僕を見る目がみな怪しく見え、トラムに乗っている人間がみな犯罪者のように感じられた。最寄のラーレリ・ユニヴァーシテ駅でトラムを降り、もう通い慣れた感さえある道をホテルへと足早に進む。フロントでカードキーを受け取り、部屋に入って中から鍵をかける。一日終えて部屋に帰って来たときはいつもホッとしたものだが、この日ほど安堵感を覚えたことはなかった。