旅の空

イスタンブールの輝き

4

ファーティフ その1

テクフール・サラユ (ブラケルネ宮殿)

ホテルの周りで客待ちをしていたタクシーを拾って、テクフール・サラユへ向かう。場所は、テオドシウスの大城壁の中間地点からやや北寄りだ。テクフール・サラユはかつてブラケルネという東ローマ皇帝の宮殿だった。思ったより大きな建物だ。
テクフール・サラユ(ブラケルネ宮殿)Blachernae Palace
残念ながら、このときは大がかりな修復工事中で中に入ることはできなかったが、石積みの間にレンガを挟んだ独特のストライプが美しい。東ローマ皇帝の宮殿は元々アヤソフィア近くにあったが、後の時代に遺棄され、こちらに移ったという。あれほど眺めの良い超一等地を捨てて、なぜ、こんな奥地に引っ込んだのだろう。
テクフール・サラユ(ブラケルネ宮殿)Blachernae Palace

城壁歩き

テクフール・サラユ周辺も城壁はかなりよく残っているが、今まで歩いてきたトプカプから南の方とは形がちょっと違うように思う。
テオドシウスの大城壁Theodosian Land Walls
城壁に沿ってエディルネカプまで歩く。バス停に大勢の人がいる。周囲も人通りが多かった。
テオドシウスの大城壁Theodosian Land Walls

カーリエ博物館 (聖コーラ修道院)

エディルネカプからカーリエ博物館までは細い道を入るものの、ガイドブックの地図を見る限りでは迷うはずのない道と思われた。しかし、実際に現地へ行ってみるとそうでもなさそうだという気がしてくる。地図よりも実際は細い道がたくさんあって、しかも通りの名はどこにも書いておらず、博物館への案内標識もない。さらに、エディルネカプからだと、道が結構急な下り坂になっている上、まわりの建物に遮られ、博物館が見えないのだ。地図に頼るのはやめて、方角だけを頼りに付近を歩いてみることにした。歩きながらふと右手の脇道に目をやると、下り坂の先に古い石造りの建物が見える。そのまままっすぐ進んでいたらとんでもない方向へ行くところだった。
カーリエ博物館(聖コーラ修道院)Chora Monastery
カーリエ博物館(聖コーラ修道院)Chora Monastery
カーリエ博物館は、想像していたよりもかなり小さな教会だった。でも、美しい外観にしばらく見とれてしまう。中に入ると、天井や壁がフレスコ画で埋め尽くされていた。それほど色褪せてもおらず、素晴らしいものばかりだ。
フレスコ画:カーリエ博物館(聖コーラ修道院)フレスコ画:カーリエ博物館(聖コーラ修道院)
フレスコ画:カーリエ博物館(聖コーラ修道院)ドームのモザイク画:カーリエ博物館(聖コーラ修道院)
壁や床に色の違う大理石を貼り付けて模様を作る手法はアヤソフィアと同じだ。
もうひとつの回廊に抜けると、こちらは壁一面、天井一面が素晴らしいモザイクで覆いつくされている。照明は抑え気味だが、それでも背景の金色が目映いほどだ。暗いのでシャッター速度が遅くなってしまう。コンスタンティノポリスを征服した後にオスマントルコはこの修道院をモスクへ転用したが、内部のフレスコ画やモザイク画をすべて漆喰で塗りつぶしたという。フレスコ画やモザイク画がこれほどの保存状態で今日まで残ったのはそのおかげだろう。漆喰で塗りつぶしたのは、あまりに見事で破壊するのが忍びなかったからだと思いたい。
大理石のアプス:カーリエ博物館(聖コーラ修道院)モザイク画:カーリエ博物館(聖コーラ修道院)
モザイク画:カーリエ博物館(聖コーラ修道院)モザイク画:カーリエ博物館(聖コーラ修道院)
室内はかなりの蒸し暑さである。2時間近く立ったまま、しかもほとんど上を向いたままだったのでかなり疲れた。そんなところへ、博物館出口にちょうどよい具合にカフェがある。チャイを飲んで一休みだ。
カーリエ博物館(聖コーラ修道院)出口にあるカフェカーリエ博物館(聖コーラ修道院)界隈

フェティエ博物館 (テオトコス・パンマカリストス教会)

昼食には少し早い時間だったが、食事をするならカーリエ博物館近辺の方がよさそうだと思った。次に行くフェティエ・ジャーミィの周辺でレストランがあるのかどうかわからない。でも、まだ空腹ではなかったし、何かしら店はあるだろうと思った。カーリエ博物館の周りには、タクシーが何台か客待ちをしている。観光客が大勢来る割には交通が不便なのだ。
カーリエ博物館からフェティエ・ジャーミィまでは非常に大まかな地図しかない上に、歩いて行ったら迷うのは目に見えていたので、タクシーを使うつもりだった。運転手に声をかけたところ、近いから歩いて行けと断られる。
このあたりは、古い家が立ち並ぶ閑静な住宅街だ。しばらく方向感覚を頼りに歩いたが、近いと教えられた割にはなかなか着かないので、不安になってきた。T字路に突き当たる。予想だと、たぶん左に行けばいいはずだ。でも、一応、近くにいた地元の人に道を尋ねてみた。片言のトルコ語で訊いたはいいが、答えも全部トルコ語で聞き取れない。でも、サーダ(右)という言葉が耳に残った。右? 自分では左の方だと思っていたので半信半疑だったが、教えられたとおりに右へ進んだ。それからしばらくして、またT字路にあたったため、タクシー運転手と立ち話をしている人に道を尋ねる。すると、タクシーの運転手までが身振り手振りで道を教えてくれた。1つ目の角じゃなくて、2つ目の角を左に曲がれと。
ファーティフ地区フェティエ博物館(テオトコス・パンマカリストス教会)
Pammakaristos Churchフェティエ・ジャーミィ
フェティエ・ジャーミィは現在、博物館(ミュゼスィ)になっていた。入場料2リラである。ここも元はビザンティン教会だったが、外観はカーリエ博物館以上に素晴らしいかもしれない。外壁のレンガ装飾などは、カーリエ博物館よりも凝ったものだ。カーリエ博物館といい、このフェティエ博物館といい、小ぢんまりとしていて親しみがわく。内部は、さすがに質量ともにカーリエ博物館には及ばないものの、なかなか見事なモザイクが残っていて驚いた。カーリエ博物館まで来たなら、ここにも足を延ばす価値は充分にあると思う。迷わずにたどり着ければだが。
フェティエ博物館(テオトコス・パンマカリストス教会)Pammakaristos Church
フェティエ博物館のモザイクフェティエ博物館のモザイク

ファーティフ地区

フェティエ博物館からスルタンセリム・ジャーミィへ行く途中で昼食をとることにした。この辺りはファーティフと呼ばれ、イスラム色が極めて濃厚な地域である。道行く男性のほとんどが、あごひげを生やし、メッカに巡礼したことを示す白い帽子を被り、丈の長い服を着ている。女性は、頭からすっぽり黒い布を被った人たちばかり。まるで、どこか違う国に迷い込んだかのようである。同じイスタンブール旧市街の中とは信じられないほどだ。通りの写真を撮ることさえためらわれた。
観光客でも気軽に入れそうなレストランはなかなか見つからない。ようやくロカンタ(食堂)らしき店を一軒見つけて入った。看板もなく、ガラスに書いてあった文字が店名なのかどうかもわからない。そこの店主も、この辺りの多数の男性同様、あごひげを伸ばし、白い帽子を被り、丈の長い服を着ていた。おそらく、外国人が入ってくることなどないのだろう。少し驚いた様子だったが、快く迎え入れてくれた。奥行があってかなり広い店内だったが、他のお客は、建設作業員と思われる男性数人だけ。店内には、メッカのカーバ神殿の写真など、イスラム関連のものが壁に飾ってあった。
普通のロカンタのように料理を並べたショーケースがあったので、一皿にミックスで料理を盛ってもらい席に着く。各テーブルには大きなタッパーウェアが置いてあって、その中に入っているパンは食べ放題。これはどの店も同じだが、ここはさらに、水差しが置いてあって水も飲み放題だった。水道水かもしれないと思ったので口をつけずにいたところ、店主は水差しに触れ、水がぬるいから僕が飲まないのではないかと気を使ってわざわざ水差しを替えてくれた。そこまでしてもらっては、もう飲まないわけにはいかなかった。冷たくて美味しい水だったし、後でお腹をこわすようなこともなかった。そして、意外だったが、ここの料理がトルコに来て食べた店の中で一番安くて美味しかったのだ。飲み物やサラダなどを頼まなかったせいもあるが、たしか4リラだったと思う。店を出るとき、店主に「とてもおいしかった」とお世辞抜きに言ったら、「Afyet olsun」と返事が返ってきた。

スルタンセリム・ジャーミィ

昼食をとったロカンタからスルタンセリム・ジャーミィまでは、ほとんど一本道だった。直前の曲がり角で念のために道を尋ねた程度だ。ジャーミィ横の公園は地元の人たちの憩いの場になっており、子供たちが走り回って遊んでいる。ここからの眺めがまた素晴らしかった。眼下に旧市街、金角湾、新市街が見渡せる。ずっと右の方を見れば、スュレイマニエ・ジャーミィ、イェニ・ジャーミィ、アヤソフィアまで見える。景色を眺めて佇んでいると、アザーンが聞こえてきた。背後のスルタンセリム・ジャーミィから大音量で、続いて、金角湾を挟んだ両岸のそこかしこにあるモスクからそれに呼応するようにして。金角湾を挟んだ両岸は高台になっているので、音響効果も抜群だ。
スルタンセリム・ジャーミィの庭スルタンセリム・ジャーミィの庭から金角湾と新市街を望む

ジャーミィから出るときに、小学生くらいの子供たちに声をかけられた。1人はさかんに金をくれと言ってきた。もう1人はそれをたしなめながら、笑顔で話し掛けてきた。一方は感じの良い子だったが、金をくれと言ってきた方はしつこくつきまとってきた。金を払わなかったのでしまいには持っていたおもちゃの銃を撃ってきた。せっかく良い眺めを楽しんだ後の気分をいくらか損ねた。彼が将来、本物の強盗にならないよう願う。
今日は日曜日なので、トラムの駅からホテルまでの途中の道にある露店も休みだった。2時過ぎ、ホテルに入って休憩する。その後、夕食までは絵葉書を書いたりして部屋で過ごした。

スィルケジ

夕食はスィルケジ方面へ。その前にちょっと寄り道してイェニ・ジャーミィの方へ行ってみた。建物の陰からイェニ・ジャーミィが不意に姿を現す瞬間は圧倒的だ。イスタンブールで見てきたモスクは、どれも裏側から見たときが一番大きく見える。これは多分、正面は中庭があり、小さなドームを積み重ねていって主ドームまで徐々に高くなっていくのに対して、裏は主ドームからほとんど絶壁のように落ち込んでいるためだ。
スィルケジイェニ・ジャーミィ
引き返す途中で、ハジ・ベキルの店を見つけた。ガイドブックでトルコの代表的な菓子であるロクムの名店と紹介されていて、行ってみたいとは思っていたが、どこにあるのかわからなかった。思いがけず、寄り道の途中で見つけられて運が良い。
今夜の夕食は、スィルケジのロカンタに決めた。この辺りにはロカンタがたくさん集まっている。客足はまばらだった。6時半頃だったと思うが、混みだすのはもっと遅い時間のようだ。食事はおいしいのだが、つい品数を多く注文してしまうのでそれほど安くはならない。一人旅は割高である。でも、トルコの場合、レストランの料理よりも、こうしたロカンタで出される料理の方がおいしいと僕は思う。
日曜日だったせいか、帰りのトラムヴァイはすし詰め状態だった。出口は反対方向の扉、黙っていたら下りられなくなる。地元の人で満員の路面電車の中で「降ります」と声を出して通してもらうのは少し勇気が要る。