ヨルダン 2012
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薔薇色の古代都市・ペトラ その2
エド・ディル参道 帰り
下にあるレストランを目指して、行きに上って来た道を戻る。道の外側は、落ちたらまず助からないだろうと思われる断崖絶壁である。

崖っぷちで休んでいるロバがいた。何もわざわざあんなずり落ちそうな所にいなくともよさそうなものだが。

ちなみに、ペトラでロバは、山道を1時間も歩きたくない向きには欠かせない交通手段である。そのため、エド・ディル参道上にはロバの落とし物が散乱していたりする。足下に若干の注意が必要だ。

ペトラ 第二部 Petra
カスル・アル・ビントの近くにあるレストランで昼食をとった後は自由行動だった。
ペトラ最大の見所は、やはり柱廊通りだと思う。この一帯には、大神殿やビザンティン教会、王家の墓と呼ばれる岩窟墳墓群など遺跡がとりわけ集中しているのだ。

まさに圧巻の眺めであった。前方の岩山に王家の墓と呼ばれる大規模な墳墓群が穿ってある。こんな景色が背後に広がっていようとは、行きには全く思いもよらなかった。

上屋こそ満足な形で残っていないけれども、柱廊通りに面した斜面にはビザンティン教会跡があり、非常に保存状態の良いモザイク画がある。ペトラにこのようなモザイク画があるというのはちょっと不思議な気もする。

柱廊通り一帯の高台には非常に多くの遺構があるため、どの遺跡だったかわからなくなってしまったが、不思議な円柱があった。この見慣れない形の柱頭は展示のための模造品だろうか。柱も、なぜこの4本だけが着色されているのか。ローマ建築とは異質なものに感じられた。

アメリカのブラウン大学が発掘・復元したという大神殿が、柱廊通りを挟んでビザンティン教会跡とは反対側の斜面にある。

斜面を上って岩山の中腹に彫られた王家の墓に近づく。

アーン(骨壺)という名の付いた墓。ビザンティン時代には教会として利用されたという。

コリント式の柱頭が彫られているためにこの名で呼ばれる。エル・ハズネに似た外観を持つ。

3階建の豪勢な造りのせいか宮殿の墓と呼ばれている。最上段はわざわざ石組みを追加したらしい。

反対側に王家の墓を見渡せる休憩所があったので、生絞りオレンジジュースを飲みながらベンチで一休みした。岩山には王家の墓の周りにも無数の穴が空いている。それにしても、何という圧倒的遺跡空間だろうか。
遺跡を眺めていたら、同じツアーの参加者が前を通りかかったので、店に誘って少し話をした。

エル・ハズネの近くまで戻って来た。ここから、朝来た道を逆戻りしてホテルまで歩いて帰る。

エル・ハズネは時間とともにその色合いを変える。朝には正面から陽光を受けていたエル・ハズネは午後4時を回った今、美しいピンク色に変わっていた。

シークの岩肌も朝とはまた違った色に見えた。

ドゥシャラ神祭壇
ペトラ・バイ・ナイト Petra by Night
夜のエル・ハズネでアラブ楽器の演奏などを聞く「ペトラ・バイ・ナイト」というイベントがある。開始時間は8時半、昼間に一往復したエル・ハズネまでの道をまた一往復するのだ。昼間歩き回った疲れが出たのか、僕は夕食後、部屋でゆっくりしたくなっていた。申し込んだことを少し後悔する。
エル・ハズネまでの道に電灯などはなく、完全に真っ暗な中を歩くのかと思ったが、このイベントのために道の両側に一定間隔でロウソクが置いてあった。しかし、古代人が岩肌に空けたたくさんの穴は夜に見ると不気味以外の何物でもなく、魔物でも潜んでいそうに見えた。
同じツアー参加の人と話をしながら歩く。ロウソクの明かりがあるので路面は見えたが、それでもほぼ真っ暗な道のりは昼間よりもずっと長く感じられた。シークなどはもし夜に一人で歩いたら肝試しであろう。
促されて夜空を見上げる。無数の星がくっきりと輝いていた。
