旅の空

日本・謎の石造遺物紀行

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岡山編 「熊山遺跡」

いざ熊山へ

日本六古窯の中でも備前は最古の歴史を誇るという。釉薬を使わずに焼き上げる製法のことはたとえ知らなくても、大抵の人が筆者同様に備前焼の名前ぐらいは聞いたことがあるのではないか。
熊山遺跡のある熊山山頂は赤磐市の市域だが、備前焼の里・備前市からも意外に近い。赤磐側から入るよりも備前側から入る方が道が良いと岡山在住の知人・うるさんに教えていただいた。熊山を目指し、10kmほどの狭い山道をレンタカーで上る。
道中には、6世紀後半の古墳や天平勝宝年間に鑑真和尚が開いたという大滝山福生寺がある。
大滝道4号墳

熊山山頂へ

駐車場に車を停めて参道を歩く。遺跡までは少しばかり距離がある。よく晴れた日で、地面に降り注ぐ木漏れ日が眩しいくらいだった。高い木が生い茂っている割には、雰囲気が明るい。歩いているうちに、なんだか気分が良くなっていくような、高揚していくような気がした。
焼き物の里に近いだけあって、熊山神社の狛犬は備前焼だ。
熊山神社の備前焼製狛犬熊山遺跡参道

熊山遺跡

参道をしばらく進むと急に視界が開ける。山頂は広場のように整地されていた。今まで見たこともないような石積みの不思議な建造物がその奥に鎮座している。熊山遺跡である。規模こそ小さいが、その形はまるでエジプトの階段ピラミッドか、はたまたマヤのピラミッドかといったところだ。
熊山遺跡kumayama Site 熊山遺跡は、基壇の上に三段の石積みを重ねており、各段とも平面がほぼ正方形である。不規則な形の自然石を巧みに組み上げている。赤磐市教育委員会によれば、一辺の長さは、基壇が約11メートル、一段目が約8メートル、二段目が約5メートル、三段目が約3メートルである。二段目の四方には幅70センチ、高さと奥行きが90センチの龕(穴)が開けられ、三段目中央部には深さ約2メートルの方形竪穴がある。
熊山遺跡kumayama Site 方形の竪穴にはかつて陶製筒形容器が収められ、さらにその中には奈良三彩小壺と文字の書かれた皮の巻物が入っていた。現在、奈良三彩小壺と皮の巻物は失われている。
陶製の筒型容器と奈良三彩小壺の年代から判断して、築造年代は奈良時代前期、石積みの仏塔と考えられるという。
熊山遺跡;帝釈山霊山寺跡熊山山頂からの眺め

考察

この熊山遺跡に類似した建造物が他に存在するのか。一つには、お水取りの創始者である実忠和尚が造営した奈良の頭塔である。そして、それ以上によく似た遺跡が国外にあるのだ。中央アジアはタジキスタン共和国のヴァン仏教遺跡である。といっても筆者はタジキスタンに行ったことがない。下に掲載した写真は、4travel会員のTOSHI様が撮影されたもので、ご本人の許諾を得てここに掲載している。タジキスタンへのパッケージ・ツアーを催行している西遊旅行社のウェブサイトにも写真がある。
ヴァン仏教遺跡:タジキスタン タジキスタンといえば、その昔、シルクロードの国際商人として大いに栄えたイラン系の民族・ソグド人の本拠地(ソグディアナ)だったところだ。元来この地はゾロアスター教が盛んであったが、西方の諸宗教を東方へと伝える中継地の役割を果たした。仏教がインドから中国へと伝わる際にもここを経由している。
ところで、熊山遺跡の隣にはかつて、天平勝宝年間に鑑真和尚が開いた「帝釈山霊山寺」という寺があった。というよりむしろ、熊山遺跡は、霊山寺の一付属施設としてその境内に造られたように見える。
ここで思い出されるのは、鑑真に随行して来日した弟子の中に中央アジアの出身者がいることだ。その名は「安如宝」。「安」とは昭武九姓の一つで、「安国」(ブハラ)の出身であることを意味する。ブハラといえばソグディアナの一大都城である。安如宝はソグド人であったとみてよかろう。しかも、彼は建築に造詣が深かったらしく、唐招提寺の伽藍造営に多大な功績のあったことが伝わっている。熊山遺跡とは、ソグディアナにかつて幾つも建っていたであろう石積みの仏塔を安如宝が日本で再現したものではないだろうか。
また、一点、奇異に感じられることがある。奈良三彩の小壺とともに筒型容器に入っていたという皮の巻物だ。この時代の日本で、紙ではなく皮に文書を記した例が他にあるのだろうか。小壺とともにどこかへ消えた皮の巻物は外国から持ち込まれたものではなかったか。
熊山遺跡、霊山寺、安如宝、タジキスタンの仏教遺跡。日本と中央アジアにある点と点が線でつながるような気がした。

焼き物めぐり

熊山を下りた後、備前焼の店が立ち並ぶ伊部駅周辺を散策した。天津神社の境内には備前焼でできた干支や陶板が至る所に奉納されている。
天津神社天津神社
店先に並んだ焼き物をただ見て回るのも楽しい。釉薬を一切使わず土だけで焼いているのに、一点一点の色や風合いが実に多彩だ。使っている食器を全部、備前焼に取り替えたくなる気持ちを抑えて、コーヒーカップと箸置き、備前玉を土産に買った。