旅の空

追憶のイエメン

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サナアからタイズへ

この旅行記は2006年当時のものです。
2018年4月末現在、イエメンは内戦状態にあり、全土に「退避勧告」が発出されています。
サナア郊外  The Suburbs of Sana'a

イエメンでのは、首都サナアからイッブ、ジブラという町を経て陸路で約260キロ南にあるタイズを目指す。ツアー参加者が9台の四輪駆動車に分乗しての大移動だ。運転手たちは気さくで温和な人ばかり。

サナアの運転手たち(イエメン)|The Drivers of Sana'a,Yemenサナアの運転手たち(イエメン)|The Drivers of Sana'a,Yemen

道行く車を見ていて気付いたのだが、イエメンではダッシュボード全面に絨毯のようなマットを置いている車が多い。4月下旬でも最高気温は30℃になるので、車内も暑くなる。ダッシュボードに置いた毛足の長いマットは見ていて暑苦しいが、イエメン人にとって、プラスチックむき出しのダッシュボードは殺風景すぎるらしいのだ。もしかしたらこの感覚は、家畜と共に生活をしてきた彼らの潜在意識に刷り込まれたものなのかもしれない。勝手な想像だが。

サナアから郊外へ走るとすぐに山岳地帯へ入る。イエメンはこれほど山がちな地形だったのかと思う。もっとも、首都サナア自体が標高2,300メートルという高原にある。幸い、今日は快晴である。昨日の曇り空でどんよりとしていた気分も打って変わって、これから始まる旅への期待が膨らむ。

ヒダールという村で車を停めて写真を撮っていると、遠くから我々の様子を伺っていたのか、村の子供たちがこちらへ寄って来た。

サナア近郊の村(イエメン)|Yemenサナア近郊の村の子供たち(イエメン)|Yemen

やがて、周囲に「カート」の畑を多く目にするようになる。カートとは、標高1,800メートル以上の高地で育つアカネ科の多年草である。イエメン人がこのカートをどう利用するのかというと、お茶の葉に似た摘み立ての新芽を噛んで、葉から出る汁を味わうのだ。カートには軽い覚醒作用があるらしく、何十枚、何百枚と噛んでいくにつれ、気分が良くなってくるのだという。噛み終わった葉も吐き出さずに頬に溜めておく。頬が異様に膨らんだ男性を特にサナアなどの西部でよく見かけるのはこのためだ。カートを嗜むことはイエメン人の生きがいといっても過言ではない。朝採れの新芽がその日のうちに遠方へ配送される、日本の宅配便も顔負けの流通システムがあるというから驚くべき執念である。

同じくアカネ科に属するコーヒーの木とカートとは気象などの栽培条件が重なるのだという。カートはコーヒーと違って年中出荷できるので、農家は手っ取り早く現金収入が得られる。一方で、カートはイエメン国内だけで消費されるため、海外で人気の高いモカ・コーヒーとは違って国に外貨をもたらさない。他産地との競争にもさらされるイエメンのコーヒー栽培は近年、カートへの転作が進んで、ますます減る傾向にあるのだという。ちなみに、このカートは、イスラムの戒律が厳しい隣国サウジアラビアでは麻薬扱いされ、違法であるらしい。

カート畑(イエメン)|A Qat Field,Yemenカート畑で出会った男たち(イエメン)|Yemen

道路わきに車を停めてカート畑を見物していたら、通りがかりの車が1台、我々を見かけて傍に停車した。車から降りてきたのは民族衣装姿の男性3人組。3人とも腰に三日月形の脇差、ジャンビーヤを差している。またまた意外なことに、自分たちの写真を撮ってくれという。一緒に記念撮影もした。僕が喜ぶと思ったか、一人が腰に差していた拳銃を僕に持たせた。思いがけず人生で初めて手にした本物の銃はずっしりと重く、この国にどれだけ銃器が出回っているかを改めて思い起こさせた。

サナアからイッブへ  From Sana'a to Ibb

山肌に緑が見えるようになってきた。

サナアからイッブへ向かう途中の風景(イエメン)|Yemenサナアからイッブへ向かう途中の風景(イエメン)|Yemen

名もわからぬ小さな町をいくつも通り過ぎる。

サナアからイッブへ向かう途中の風景(イエメン)|Yemenサナアからイッブへ向かう途中の風景(イエメン)|Yemen

峠近くで、景色が大きく開けた。眼下は見渡す限り一面の畑である。

総面積270万平方キロメートルという、日本の国土面積の約7倍にも及ぶアラビア半島の大部分を占めるのは、砂や岩石が果てしなく続く不毛な沙漠だが、イエメンの一部を含む半島南西部は山岳地帯となっており、例外的に降雨に恵まれている。

50万平方キロメートルもの面積を有するルブアルハリ砂漠のように年間降水量が50ミリにも満たない極度の乾燥地域が広がる一方で、イエメンのイッブなどは年間1,500ミリを超える降水があるという。

サナアからイッブへ向かう途中の風景(イエメン)|Yemen

立ち寄ったソマラ峠で、親族の結婚を祝う男たちの集団に出くわした。我らが陽気なドライバーたちも飛び入り参加して、抜き身の小刀を手に取り輪になって踊る伝統のジャンビーヤ・ダンスが始まった。

彼らは何と、新郎宅で催される祝宴にさっき会ったばかりの我々を招待したいという。思いがけぬうれしいお誘いではあるが、この先の旅程もあるので、丁重にお断りしたと後で添乗員から聞いた。

ジャンビーヤ・ダンス(イエメン)|Jambiya Dance,Yemen

峠からの眺めが雄大だった。

開けた深い谷底まで、見渡す限りの斜面には段々畑が延々と続いている。

この段々畑を切り開いて、維持するのにも、きっと気の遠くなるような時間と労力を費やしたことだろう。

ソマラ峠(イエメン)|Yemen

上空を漂う雲が地面に大きな影を落としている。

空気中の水分が多いせいか、遠くの山並みは霞んでいた。

ソマラ峠(イエメン)|Yemen

山の頂に見える小さな砦は昔、他部族の襲撃などから身を守るために築いたのだろうか。

サナアからイッブへ向かう途中の風景(イエメン)|Yemenサナアからイッブへ向かう途中の風景(イエメン)|Yemen

イッブを目指して先へ進む。峠を下るにつれ、山の緑がますます濃くなっていくようだ。

イッブ  Ibb

タージ・イッブ・ホテルのレストランで昼食をとる。イッブの新市街を見下ろす高台にあり、眺めが良い。

イッブ(イエメン)|Ibb,Yemen

昼食のメニューは、サラダ、ジャガイモのトマト煮、ミックスグリル、ピラフ、フルーツなど。イエメン料理の味付けはまろやかでとても食べやすい。ジャガイモにしてもトマトにしても、野菜の味が濃くて美味しかったのが驚きだった。

イッブ(イエメン)|Ibb,Yemen

昼食後、イッブの旧市街を観光する。旧市街に入ったところで、通りがかりの男性がカートをくれたので噛んでみた。最初は苦いが、少し経つとわずかだが気分が高揚してくるように感じる。イエメン人がカートに病みつきになるのがわかる気がした。

イッブ旧市街(イエメン)|Ibb,Yemenイッブ旧市街(イエメン)|Ibb,Yemen

イッブは古くから商業で栄えた町で、6世紀頃にまで創建を遡るという。

イッブ旧市街(イエメン)|Ibb,Yemen

建物は、レンガが多く使われるサナアと違って石造りである。左右に立ち並ぶ高層建築を見上げながら石畳の路地を進む。

イッブ旧市街(イエメン)|Ibb,Yemen
ジブラ  Jibla

ジブラでとても愉快な出来事があった。街へ入る前に検問所のような場所で停車したかと思ったら、そこから先は警察の車が我々の車列をエスコートしてくれることになった。そのいささか職権乱用気味の護衛はVIP扱いのようで恐れ入ってしまった。

先導する警察車両は、前を走る車がいると、車両の拡声器で「ヤバニー(日本人だ)!」と言って進路を譲らせるのだ。その警察車両を我らがドライバーたちは構わず追い越していくのだから可笑しい。

警察車両が護衛に付くと聞いて、何か治安上の問題があるのかと最初は少し緊張したが、結局のところ、そういう意味ではなくて、イエメン警察流のおもてなしだったのではないかという気がする。青の迷彩服を着て自動小銃を肩から下げた若い警察官が旧市街散策にも同行してくれたのだが、彼は我々と記念撮影に納まったりして、終始寛いだ様子だったから。

ジブラ旧市街(イエメン)|Jibla,Yemen

ジブラは、1047年から1138年にかけてイエメンを支配したスライフ朝のアルワという女王が都を置いた町である。スライフなる王朝があったことさえ初めて知ったが、女王が統治していたと聞くと、旧約聖書のソロモン王とのエピソードで有名なシバの女王ことビルキースを思い出す。

ジブラ旧市街(イエメン)|Jibla,Yemen

山の斜面に張り付くようにして建つジブラの町には、アルワ女王の宮殿跡や女王の廟が内部に設けられたモスクが今も残っている。女王のモスクのある尾根を目指して坂を上っていると、礼拝の時を告げるにアザーンが谷間に響き渡った。

アルワ女王のモスク(イエメン、ジブラ)|Queen Arwa Mosque in Jibla,Yemen

モスクの中庭には、一心不乱にコーランを読む男がいれば、ただ地べたに座って休んでいるだけの男もいた。エジプトやトルコなどの有名なモスク比べれば、地味で小さいかもしれないが、力強い造形のミナレットといい、飾り気のない柱廊といい、僕はこの空間が素晴らしいと思った。アルワ女王のモスクは強く印象に残っている。

アルワ女王のモスク(イエメン、ジブラ)|Queen Arwa Mosque in Jibla,Yemen
タイズ  Taiz

この日の宿泊地であるイエメン第3の都市、タイズに着いたのは夕方。この町もまた標高1,400メートル程の高地にある。

タージ・シャムサン・ホテル(イエメン、タイズ)|Taiz,Yemenタイズのスーク(イエメン)|The Suq of Taiz,Yemen

タージ・シャムサン・ホテルにチェックインしてからスークを散策する。午後6時を過ぎて薄暗くなってきたが、かなりの人出がある。品揃えも豊富で、なかなか活気のあるスークである。外国人はやはり目立つようで注目を浴びる。

タイズのスーク(イエメン)|The Suq of Taiz,Yemen