追憶のイエメン
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ハドラマウト編2:サユーンとシバーム
2018年4月末現在、イエメンは内戦状態にあり、全土に退避勧告が発出されています。
アルハウタ・パレスの朝 Al-Hawta Palace
の朝、朝食の時間よりかなり早く起きてアルハウタ・パレスの中を散策した。


ハドラマウト地方の伝統建築を生かしたこのホテルは、それ自体が見所といってよい。


漆喰を塗った白亜の建物が雲一つない空の濃い青によく映える。屋上から見渡せば、この場所もまた両側をテーブルマウンテンに囲まれたワジの中であった。周囲は土色の乾いた景色が広がっている。


しかし、このアルハウタ・パレスの広大な庭だけは緑で満ちている。


生い茂る樹木、よく手入れされた芝生に紫やピンクやオレンジの色鮮やかな花々。
サユーン Say'un
サユーンはハドラマウト地方の中心的な都市で、約6万の人口を有する。街の中心にひときわ高くそびえる白亜の建物は、16世紀から1967年までサユーンからシバームにかけての一帯を治めたアルカシーリ朝のスルタンの宮殿だった。

18世紀に建造されたこの宮殿は日干しレンガでできており、5階建て、34メートルもの高さがある。

宮殿の内部には41の大部屋と55の小部屋があるという。

宮殿からはサユーンの旧市街を一望できた。街は涸れ川の河岸である断崖に三方を囲まれた広大な盆地の中にある。はるか向こうの断崖まで建物が密集して見える。ミナレットもそこかしこに見える。頂点が尖った放物線を描く白と水色のドームが目を引く。通りには車があふれ、行き交う人で賑わっている。なんと美しい町だろうか。

午前10時を過ぎて、かなり暑くなってきた。気温は軽く30℃を超えているだろう。宮殿の近くにあるキオスクの日陰で休憩する。熱気のこもる宮殿の内部を歩き回って少々バテ気味だった。このキオスクで飲んだレモンジュースが、これより後にも先にもないくらいに美味しかった。まだ緑色の残るレモンを皮ごとミキサーにかけてプラスチックのザルで濾す。ライムのような野性味の強い香りがした。あまりに美味しくて、ミネラルウォーターが入っていた空のペットボトルにも入れてもらったほどだ。代金は100リヤル(60円ほど)だった。


この日に乗った車の運転手ハリドは、車内で流れる音楽に合わせて歌い出す陽気な男だった。そのとき聞いたハドラマウト地方のポップスが気に入り、彼に頼んでスークでカセットテープを買ってきてもらった。
タリム Tarim
タリムはサユーンから30キロほど東にある。かつては宗教を始めとする学問の中心地で、ここで数多くの写本が作られた。今は約5千冊ほどが残っているという。通りを歩いていたら、20代くらいの若者たちが笑顔で近づいてきて、英語で書かれたイスラム教の啓発用パンフレットを渡された。


路地の写真を撮っていたら、そこの住人だろうか、写真を撮らないよう抗議を受けた。特にその人物にカメラを向けたつもりはないのだが、自分が写真に写ること自体が気に食わなかったのかもしれない。撮影を拒否されたのはイエメンの旅行中、このときだけだった。
直射日光下での計測ではあるが、この日、タリムの気温は44℃に達したという。
駱駝 al-jamal
昼食後、サユーンの約20キロ西にあるシバームへ向けて移動中、草を食べているラクダの群れがいて車を停めた。ラクダたちの胴体には哀れにも赤字で番号が振ってある。なんとこちらではラクダの肉を食べるのだという。ラクダというのは運搬用の駄獣だとばかり思っていたが、食用にもなることはこのとき初めて知った。

ドライバーのハリドによれば、ラクダの肉は美味しいという。そうは見えないのだが。

シバーム Shibam
1982年にユネスコの世界遺産に登録されたシバームをこの日の最後に訪ねた。

入口近くにある土産物屋で乳香を焚いていた。松脂に似た煙っぽい香りの中をくぐり抜ける。

この街の起源は紀元前2世紀頃にまで遡るという。「砂漠の摩天楼都市」という名にふさわしく、シバームには日干しレンガと漆喰でできた高層建築が500以上もそびえる。土と漆喰とのモノトーンに、形といえば建物や窓の長方形で埋め尽くされる空間はどこか現代の高層ビル街のようでもあり、現実離れして見えた。

高層の建物同士を隙間もないくらい密集して建てたのには訳がある。水害に見舞われたり、遊牧民の襲撃を受けたりした際、隣接する建物同士に架けられた連絡橋を伝って避難できる設計になっているのだ。
空を塞ぐようにして林立した建物のせいで、下の路地は深い陰に覆われる。

シバームの背後にある丘に上って、夕暮れ時の街を見下ろす。夕日を浴びるシバームの高層建築群は、ほのかなオレンジ色に染まった部分と光が当たらない部分とで陰影が濃くなった。

丘から眺めると、今は子供たちにとって格好のサッカー場になっている空き地を間に挟んで、シバームの街が二分されていることがわかる。この空き地は災害の痕跡である。

元々、この空き地にも同じように摩天楼群が建っていたが、かつてあった大規模な洪水によって破壊されたのだという。恵みをもたらす水がもう一方で持つ計り知れない威力を見た気がする。
この日はホテルに戻って夕食を済ませた後、プールで泳いだ。連泊なので余裕がある。