旅の空

詩の小径

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ソフラーブ・セペフリー 「一瞬の中にあるオアシス」

セペフリーの墓銘

ソフラーブ・セペフリー(1928-80)は、イランで最も有名な現代詩人の一人です。イラン中部のオアシス都市、カーシャーンで生まれました。カーシャーンから西へ約35キロ、車で40分ほど走ったマシュハデ・アルダハールという高原の村に彼の墓があります。2016年の夏にカーシャーン方面を旅した際、彼の墓に立ち寄りました。

マシュハデ・アルダハールは、イラン人にとってはソルターン・アリーという霊廟を擁する巡礼の地でもあります。そのソルターン・アリー霊廟の敷地の一角に彼の墓はありました。墓といっても、石敷きの中庭に墓石が埋め込まれ、廟の外壁に彼の肖像画が掲げてあるだけです。シーラーズのハーフェズ廟サアディー廟のような場所を期待していた僕は少々、拍子抜けしました。

セペフリーの墓石には、彼が作った詩の一節が刻まれていました。ただ、それが詩の一節であることを知ったのはそれからしばらく後のことで、訪ねた当時は、その意味と状況とがあまりにもぴったりだったため、てっきり、セペフリー自身が生前、墓銘を自分で考えておいたのかと思ったほどです。

ソフラーブ・セペフリーの墓 | Aramgah-e Sohrab Sepehriソフラーブ・セペフリーの墓 | Aramgah-e Sohrab Sepehri

墓石に刻まれたシェキャステという書体を僕は読めないため、現地ガイドに助けてもらって書き取った墓銘ですが、今や頭の中にすっかり刻み込まれ、諳んずることもできます。彼の墓銘が"vāhe'ī dar lahze"という詩の最終節であると知ってから、詩の全体を読んでみたいと思いました。

セペフリーの詩を全て読んだわけではありませんが、この"vāhe'ī dar lahze"は、彼の作品の中ではとりわけ短い部類に属するのではないかと思います。それでも、セペフリーの墓を訪ねてから1年以上も経って詩の訳に挑戦する気になったのは、重い腰がなかなか上がらなかったこともありますが、セペフリーが詩の中で使った言葉に当てる適当な日本語が長いこと思いつかなかったためでもあります。

一番の問題は、"hīchestān"という単語でした。"hīch"(何もない、無)に"-estan"([~が多い]土地、地方)をくっつけた造語と考えられますが、自分なりに色々と考えた挙句、ここでは「空(うつ)ろの国」としました。

もう一つ難しかったのは、"raghā-ye havā"という語句です。辞書を引くと、"rag"(raghāは複数形)は「血管、静脈、筋、縞」、"havā"は「空気、大気」といった意味ですが、これらが合わさった2語の訳となると頭を抱えてしまいます。ここでは、「空気の筋、気流」という意味に解しました。

vāhe'ī dar lahze


be sorāgh-e man agar mī-yā'īd,

posht-e hīchestānam.

posht-e hīchestān jā'ī-st.

posht-e hīchestān raghā-ye havā por-e qāsedhā'ī-st

ke khabr mī-ārand az gol-e vāshode-ye dourtarīn būte-ye khāk.

rū-ye shenhā ham naqshhā-ye som-e asbān-e savarān-e zarīfī-st ke sobh

be sar-e tappe-ye me'rāj-e sheqāyeq raftand.

posht-e hīchestān chatr-e khāhesh baz ast:

tā nasīm-e 'atashī dar bon-e bargī be-davad,

zang-e bārān be sedā mī-āyad.

ādam īnjā tanhā-st

va, dar īn tanhā'ī, sāye-ye nārvanī tā abadiyat jārī-st.

be sorāgh-e man agar mī-yā'īd,

narm o āheste be-yā'īd, mabādā ke tarak bar-dārad

chīnī-ye nāzok-e tanhā'ī-ye man.



【私訳】
一瞬の中にあるオアシス

僕を尋ねて来るのなら、

僕は「空ろの国」の先にいる。

「空ろの国」の向こうにその場所はある。

「空ろの国」の向こうで幾筋もの気流は、最果ての地の茂みに咲いたタンポポの便りを伝える綿毛で満ちている。

砂の上には朝方、ヒナゲシの昇天の丘へと上った優美な騎手たちを乗せた馬の蹄の跡もある。

「空ろの国」の向こうで願掛けの傘は開いている:

渇いた喉から吐く息が葉の根元に届くや否や、雨を知らせる鐘が直ちに打ち鳴らされる。

人はここでは孤独だ。

そして、この孤独の中で、楡(ニレ)の影は永遠にゆらめくのだ。

僕を尋ねて来るのなら、

そっと、ゆっくり来てほしい。

セトモノでできた、僕の華奢な孤独の器に

ヒビが入ってしまわぬように。