イランの旅 2013
16
ダーラーブゲルド その4
ダーラーブゲルド :帰途へ Darabgerd
山を下り、ラスールさんの車に乗り込んで、そのまま北東側の門に向かう。
こちら側にも石材や陶片など、夥しい遺物が散乱している。本当は車を降りて一々見て回りたいところだが、きりがない。
ダーラーブゲルドもとうとう見納めだ。そう思った矢先に、思いがけず何かの遺跡が目に止まった。結局、また車を下りることになる。
ダーラーブゲルド :地点11(水路遺構) Darabgerd
それは水路の残骸であった。かつては、山裾を回ってさらに北の方へ続いていたのではないだろうか。
水路の底面は舗装されており、両脇の石積みによって溝を作っている。
黒っぽい石が多く使われているが、中央の山から切り出したものではないか。
地形から判断して、山側から城壁の方向へ水が流れていたと思う。
石積みはごく一部にしか残っていないものの、水路の痕跡は城壁の近くまで続いている。
ただ、現存する石積みは比較的新しく見える。石の積み方も単純かつ大ざっぱで、果たしてこれはササン朝時代のものだろうか。キヤーマルス宮殿の石の積み方がこれに似ている印象だ。
ダーラーブゲルド :地点12(遺跡群) Darabgerd
城壁の外にも予期せぬ光景が広がっていた。
建造物の残骸と思われるものが10基ほど一帯に点在している。
いずれも、白っぽい砕石とモルタルの構造物である。こちらはササン朝遺跡と考えてよかろう。
それにしても、なぜ、城壁の外にこれだけの建造物があるのだろうか。
支柱部分と思われるアーチ建造物の一部が、城壁から最も離れた地点に残っている。この一帯にある遺跡の中で最も原形を留めているのはこれである。ただし、上半分と下半分とでは、上の方が新しく、石積みの仕方も違って見えるので、建造年代が異なるかもしれない。
アーチ建造物のすぐ横にはかなり大きな残骸が転がっているが、元の姿を想像するのは難しい。
大きな残骸のすぐ近くには地面が陥没している場所がある。人為的なものかどうかはわからないが、陥没具合が何か不自然なのが気になった。穴の背後にある塚は表面に石積みが露出しており、遺跡が埋もれているのは確実だ。
ダーラーブゲルド :城壁 Darabgerd
北東の門から北に向かって城壁沿いをしばらく車で走る。ここを発つ前に、もう1箇所、立ち寄るところがある。
さっき、城壁を抜けるまでの間に思いがけず次々と遺跡が現れたので、僕の知らない遺跡がここにはまだあるのではないかという気がしてきた。
そこで、他にも見所がないか、ハメドさんを通じてラスールさんに尋ねたところ、どうやら心当たりがある様子。やはり、地元運転手の土地鑑には頼るべきである。
ダーラーブゲルドの中心で異様な存在感を放つあの山からなかなか目を離すことができなかった。まるで、あの山が発する目に見えない力に引き込まれたかのように。
もしかして、あの山には何か象徴的な意味合いも込められているのではないだろうか。これは全くの思いつきだが、古代ペルシア人はあの山に、イラン神話で世界の中央にそびえるというテーラグ山を重ねていたのではないか。
それはそうと、アルダシール・ファッラフよりも古いはずのダーラーブゲルドの方が、城壁の保存状態が良いのはどういうわけだろう。城壁外にササン朝遺跡があることを考え併せると、円城化されたのは8世紀になってからという伝承が説得力を増す。
さらに、マスジェデ・サンギーがかつてダーラーブゲルド主教座のネストリウス派教会であったこと、さらに、マスウーディーがアーザルジューイの拝火神殿の所在をダーラーブゲルドと記していることからすると、ササン朝時代のダーラーブゲルドは、現在の円形都市遺跡よりもっと広い範囲を指していたのではないか。ちょうど、かつてはヤズドの町全体を指す異名であった「アレクサンドロスの牢獄」が後にヤズドの特定の建造物を指す名前へと変わったように。そうだとすれば、城壁の外側にも都市遺跡が埋もれているかもしれない。
ダーラーブゲルド :地点13(謎の建造物) Darabgerd
北側の門の外に、何やら塔のようなものが建っている。
しかし、近づいて見ると、それは塔ではなかった。
この建造物は一体何か?
建造物は、下半分以上にやや大きめの不整形な石を積み、その上に焼成煉瓦を積んでいる。
形容は非常に難しいが、上から見たら多分、三味線の撥のような形をしていると思う。
背後に回って、ようやくこの建造物の用途が推測できた。上部にU字型の水路が通っている。これは水利施設であろう。先端の膨らみ部分はおそらく貯水槽である。
水路はダーラーブゲルドの内部に向かっており、城壁の付近にも何らかの遺構があるところを見ると、かつてはこの壁が水道橋のように続いていたのだろう。
この建造物が造られた時代をどう考えたらよいのかわからない。
ただ、水路と貯水槽という組み合わせは、アースィヤーベ・サンギーの構造物と通じるものがある。
また、石積みに焼成煉瓦を多用した建造物という点では、タフテ・ソレイマーンの中心部にある神殿を連想する。
水に関係する建造物だということはわかったが、それがなぜ城外にあるのか、引いた水を何に使っていたのかなど疑問は尽きない。この遺跡を見てダーラーブゲルドの謎が余計に深まった気がする。
水のある場所 From Ij to Darabgerd
ボンダッレの泉、チェル・ベルケ、アースィヤーベ・サンギー…
イージからダーラーブゲルドに至るまで、水に関係する遺跡を期せずして多く目にしてきた。
ダーラーブという名前には「水のある場所」という意味があるそうだが、ダーラーブゲルドで最後に見たのもまた水に関する遺跡だったことは感慨深い。
ダーラーブでの全日程を終了した。
ラスールさんの車で一路シーラーズを目指す。シーラーズまでおよそ3時間半の道程だ。